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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

百花春至為誰開 

2013/03/24
Sun. 09:08

万善寺は曹洞宗の末寺で、その住職は名僧高僧とはほど遠く和尚と呼ばれることもいたって希なナンチャッテ坊主で、業界の末席を汚しつつ、時折思い出したように法衣など着て眼前の仏事にとりかかったりしていますが、それでも、改良衣などでウロウロしていると世間では坊主にしか見えない程度にはまってしまいますから、とろけた脳みそをやりくりしながら、お経本をおさらいしたり、発声練習したりしつつ、細々と坊主家業を続けている訳であります。
本山でみっちり修行を積み重ねて、教典を読破し、所作を究めたエリート和尚さんではないので、その時々に自分に都合よく仏教学などを取り込んだりしていると、気がつけば、禅門の臨済宗で珍重される碧巌録の深さにうなったり、真言宗の般若心経解釈にうなずいたりしていて、何とも支離滅裂な迷走坊主になっていたりすることも頻繁です。
季節はおおむね春といっても良い頃合いなので、塔婆の裏書も春らしい一文を探しておこうと手持ちの書物をペラペラめくっていたら、ふと目に飛び込んだ禅語がまたまた碧巌録の一文。
「百花春至為誰開」読み下すと、「ひゃっかはるいたってだれがためにひらく」
どんな過酷な環境にあっても、そこに根付けばそこで生き続ける限り季節のめぐるごとに、花が咲き散っていく。
当然といえばあまりに当然すぎる草木の芽吹く姿であるのに、我々は、その芽吹きの状況に訳もなく一喜一憂して心を乱している。
中国の PMナンチャラといい、原発のセシウムといい、人間はことあるごとに私利私欲に走って、何とも醜い悪あがきを繰り返しているのだろうと、あきれかえってしまいます。
ふとふりかえると、吉田家裏庭のスモモの開花を愛でつつ、あの深紅の甘酸っぱい実がたわわに熟し実った様子などを想像してニヤついている自分がいたりして、ことの大小関係なく、この下世話な属人も人間の端くれだったことを再確認したりもして、無修行を反省したりしているわけです。
まぁ、一瞬でも、そんな自分に気がついて良かったと思うようにしている今日この頃でございます。

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