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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

平常心だったかなぁ? 

2013/12/31
Tue. 08:16

2013年も本日限りとなりました。
この1年間、吉田にとっては色々なことがありました・・って、いつものことだけど・・

なかでも、老化や高齢化のことで、我が身の今後を考えさせられる1年でありました。
自分の意思で生き続けること・・
自分の意思で死ぬこと・・
家族の立場・・
社会の立場・・
医療の対応・・
介護のこと・・
保健・諸経費・時間・付き合い・・・

それらに対して、つねに平常心であること・・
これがなかなか難しいことだと痛感した1年でありました。

「平常心」というと、私の場合、立場上というか何というか坊主的にやはり解釈してしまうようになっていて、一般的に辞書に載っているような意味とは結構違うものであったりします。

対象にたいして自然であること・・
事象にたいして自然であること・・
つまり、自分の心の動きを正直にありのままに受けとめることと認識しています。

人であることの正直さをどこまで全う出来たかという反省があるわけです。
本当に自分に正直であっただろうかと反省するわけです。

この数年の間に・・
かるく15年は生きたはずのウサギのグレーがワイフに抱かれて静かに息を引き取り、19年生きた老犬のシェパ君が大往生して、その後手のひらサイズの黒猫がやってきて、それからたくましく野良暮らしを続けていた白っぽい猫が加わって、それに、8年間は生きていたはずの水槽の川魚がいつの間にか消滅していて、隣の水槽のグッピーはひたすら世代交代を続けながら絶えることなく繁殖を続け、気がつくとお掃除エビが巨大になってまだ生きていたり・・

こうして人間以外の生き物と暮らしていると、嘘をつかないというより、嘘をつけない彼らの正直ぶりに教えられることがずいぶんあるなあと思うわけです。
人として嘘をつかないと云うことがどれだけ難しいことかと云うことを痛感するわけです。
人として自然でいられると云うことがどれだけ難しいことかわかってしまうのです。

ひょっとして、現代の人の暮らしにとって、嘘をつくと云うことが世間の付き合いに欠かせない手段の一つになっているのかもしれません。
知らない間にそのような社会になっていて、なんとなくぼんやりと「それでいいのか」と思っている自分がいて、でもやはり気がつかないまま嘘で嘘を固めていたりして、どうもそのようなことが不自然だなと居心地が悪かったり暮らしにくかったりする・・

節度ある規律の中で社会が安定すると云うことは大事なことですが、そこには多少の便宜上の嘘も必要なのかもしれません。
人間の賢さはそのあたりにあって、それが嘘のつけない動物と違うところなのかもしれません。
人間として生きると云うことはむずかしいことですなぁ〜〜・・

2014年版のお札も摺り上がって、今夜から万善寺の本堂で年末年始のおつとめがはじまります。

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