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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

自覚 

2014/04/21
Mon. 11:41

島根の片田舎で暮していると彫刻のことが話題になる事もほとんどないし、彫刻を制作している同業というとワイフを除けば片道数十kmも車を走らせてやっと一人いるかどうかの過疎だから、よっぽど自覚して日常の何処かへ彫刻に関係する刺激を過不足なく植え付けるようにしておかないと、どんどん感覚が鈍って退化してしまう。
本当は、工場にこもってコツコツと制作を続けていれば、そういう毎日の中で新しい発見もあったりしてそのようなことが繰り返される事で次の展開に繋げやすくもなるのだろうが、なかなかそれも難しくて曖昧な日々を過ごしている。
ザックリいうと1年の3分の1くらいは山寺の和尚さんで仕事をしているから、和尚さん的立場で彫刻の事を話題にするなど無いし、そんな自分は本当に彫刻家だと言えるのだろうかと疑ってしまう事もある。

法事の席で、久しぶりにというより、住職になって初めてといっていいほど彫刻とデッサンの話題で花が咲いた。
施主さんのご親族が、偶然に私の彫刻が点在する石見銀山の古民家で1泊される機会があって、その夕食の席で「万善寺の和尚さん」のことが話題になったのだそうだ。
それで初めて彫刻家の吉田と和尚さんの吉田が結びついて盛り上がったらしい。
興味関心を持つという事は大事なことだと改めて思った。
彫刻に興味を持っていただいたおかげで、仏事の席で彫刻の話をする機会を得られたという事であって、それは何よりありがたい事だ。
一方、年回の事やら永代供養のことやらと、やたら生々しい仏事の質問攻めにあい、ピカソの絵や岡本太郎の彫刻のことで質問されたりして、難しげな専門用語を多用する事もはばかられるし、仏事にしても彫刻にしてもやさしく分かりやすい言葉を返すのもなかなか難しい事だと改めて感じた。

帰宅してトイレにこもって、いつものトイレ書架からいつもの安西水丸さんの文庫本を引き出して読みかけの続きを見ていたら、彼のデッサン力というか、眼力というか、観察力というか、とにかく表現力の凄さに改めて気付いた。
1本1本の線にデッサン力のいやらしさを感じないところが良い。
長い間に何度となくものを写しとったりイメージを描き出したりしていると、自分が知らない間に変な理屈っぽくて見た目の格好だけの線が見えてきたりしていてガッカリする事がある。
お経を読んでいる時も似たようで、気がつくと内容も意味もろくに理解できていないのに、うる覚えで暗記したお経に字面を重ねて追いかけているだけだったりして、知らない間に形骸化された様式に慣れてしまった自分がイヤになる事がある。

「和尚さんは作家でいうとどなたがお好きですか?」と質問された。
「同業ですから特に好き嫌いはありません」と答えた。
正しく伝わったかどうかわからないが、自分の未熟さを自覚することに好き嫌いは一番の邪魔者で障害だと思う。

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