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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

弘法大師尊前並びに其家先祖代々回向 

2014/04/22
Tue. 09:47

この時代の島根県の片田舎に大師講が残っているところがある。
大師は弘法さんのことで、講は講会のこと。
毛利元就さんの関係で浄土真宗の報恩講は島根県でも盛んに行われているが、弘法さんの大師講が残るところはあまり知らない。

昔は万善寺でも観音講をしていた事があって、春の今ぐらいの頃の観音さんのご縁日に合わせて幾つかの集落に老僧が出かけていた事を覚えている。
住職も檀家も代替わりした今では、講の話題も絶えて、時々お年寄りの昔話で出てくる程度になった。

時代の流れと一言で片づける事は楽な事だが、どうも万善寺の寺務経営は失敗の連続だったように感じる。
私がもっと早いうちから寺務に口を出していればもう少し違ったかも知れないが、こどもの頃から坊主一筋で一つ覚えの潰しの利かない専業坊主を通してきた東堂老僧の性格を考えると、それも彼の人生を否定してしまうような気がして見て見ぬふりを通してきた。
これから万善寺がどう転んでもあとは私の責任であるから、そのあたりは外野が何をいってきても腹はくくっているつもりだ。

さて、大師講のこと。
寺務経営を上手に展開して田舎の山寺ながら法類親族縁者上手に手を取りあいながら発展を続ける禅寺もあって、今の万善寺は時々そのような立派な寺からお付き合いのお呼びをかけていただいたりして日々をしのいでいる。
とてもありがたい事なので大事にお付き合いさせていただいている。

東堂さんは塔婆回向やご詠歌が得意で、元気だった頃はそのことで遠くの寺まで出稼ぎをしていた。
だいたい坊主の師弟関係は口移し(kissではないですよ)で色々な事を覚えていくから、万善寺もそうするのが普通だが、私の師匠であり父である東堂さんは、変なところで職人気質のようなものがあって、自分の技を人に伝えることを極度に拒み、何かと理由をつけては後回しにしてきた。
だから、私は彼の技を盗み取るしかなくて、それに自分の解釈を加えてオリジナルを仕立てている・・・といえばカッコいいが、要するに自己流のナンチャッテご詠歌で世間を煙に巻いているという訳。
まぁ1年に1回の事なので節回しが出鱈目でも歌詞が合っていれば内容が変わる訳でもないし、東堂さんからの何ヶ所かのツボをおさえて今までしのいできた。
至れり尽くせりの暖房で大汗をかきつつ50枚ほどの弘法大師尊前並びに其家先祖代々回向塔婆を歌い上げた。
春先の肌寒さに慣れた身体が閉切った本堂の巨大なファンヒーターの暑さで悲鳴をあげた。

弘法大師さんのご縁日は毎月21日になっています。

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