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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ほどほどの実行 

2014/06/24
Tue. 10:54

それほど用事が立て込んでいるわけでもないと思うが、なんとなく慌ただしく毎日が過ぎる。
特に定職があるわけでもなく、さみだれでやってくる用件を仕事だと思って眼前の事実に向き合う日々を過ごしていると、それはそれでひとつひとつの事象がとても大事なことだということもわかるから、遺漏の無いよう心がけながら丁寧に収めようと努力している。

このところ自分の周囲で弔事が続いて、和服で過ごす日が続いている。
移動は白衣に改良衣で通すから坊主用の簡易帯ですませていたら、ワイフが見とがめて「それって、なんか下帯みたなんだけど、そんなんで正装なの?」なんて言うものだから、単色の博多帯を締めるようにして、それなりに気を使うようになった。

今の世の中、日常を和服で過ごすことなど希なことだろうから、自分では気がつかないところで結構目立っているのかもしれない。
先日も、その姿で久しぶりに東堂さんを床屋さんへ連れて行ったら、小学校の頃から知っている少し歳下の年季の入ったおねえさんに、開口一番「アラ素敵!」て言われた。
坊主が簡易正装して歩いているだけだから別に変わったことでもないだろうと思っていたが、世間の目はそうでもないらしい。
東堂さんを床屋さんへ預けて、おかみさんに頼まれた味噌やマヨネーズなどを買いにスーパーへ行ったら、今度は定年退職して悠々自適の同級生オヤジが「今日はおつとめ?」と神妙な顔つきで問いかけてきた。
そのくらい見ればわかるだろうと思ったが、一応世間的な挨拶を交わしておいた。
過疎地のど真ん中で短時間のうちに知合いから声をかけられるのも珍しいことなので、それだけ自分の外見が目立っていたのだろう。

面白いもので、和服を着ると歩き方や肩肘の動きまで自然にいつもと違ってくる。
気がつくとしゃべり方もそれなりに違っていたりする。
チョット意識して一歩引いて自分を見てみると、考え方やものの見方まで変わっているような気もする。
少なくとも、ジーパンにTシャツスタイルの自分とは違っていることがわかる。

私が少年時代で小学校の中学年くらいまでは、普通に寝巻きが着物だった。
夏の暑い時など、朝目覚めたら着物の前がはだけてへそ丸出しだったりすることもしょっちゅうだった。
ほんの半世紀前のことだ。
飛躍するが、今の時代に着物が復活したらずいぶんと日本社会が変わるだろうなぁと思う。
政治も経済もずいぶん違ってくると思う。
面白いもので、文化やスポーツに絞るとまだまだ着物社会がしっかりと根付いている。

世界をぐるっと見渡すと、それぞれのお国柄がそれなりに見分けられる。
その背景には、長い歴史に裏付けされた世界観の違いが見えてくる。
ひとの考えや趣向の違いも見える。
お互いがそれをシンプルに伝えあう事が出来れば、もっと世の中は平和に暮せると思う。
人の欲や驕り高ぶりや傲慢が蔓延すると社会はダメになる。
分相応に暮し、分相応に付きあうことは結構難しいことだと思う。

この半世紀で変わったのは私の暮しぶりだけのことではない。
最近の日本はどうも不穏な空気を感じる。
強い力の暴走を感じる。
早いものでそろそろ6月も終わりかけて、1年も半年が過ぎる。
万善寺のカレンダーも破る前にもう一度見直して、この3ヶ月をふり返って、次の3ヶ月を平穏に乗り切ってもらいたいものだ。

なにごとも、ほどほどであろうと実行することは簡単なようで結構難しいものです。
本気で自覚しないと出来ることではないですよ。

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