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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

作務 

2014/07/16
Wed. 07:51

2日続けて万善寺の営繕草刈りをした。
そもそも、禅宗の僧侶は作務も修行の重要な要素として、1日をセッセと働いて汗を流すことも多い。
「あの坊さんは何もしないで座禅ばかりしている」
なんて云われるお坊さんがいたら、その人は真の禅僧とはいえないことになる・・というか・・そう教わってきた。

そんなわけで、私も物心ついた頃から遊びの延長のように寺の様々な作務をしてきた。
もう半世紀も前のことだから当然さきの住職夫婦で現在の東堂さん夫婦も働き盛りの若い頃で、毎日脇目もふらないで夜が明ける頃から日が暮れる頃までセッセと作務に励んでいた。
あの頃は田んぼも作っていて、田植えから稲刈りまで集落のお百姓さんと手間替えをしながら農作業をしていた。
禅宗に欠かせないお茶の栽培もしていて、時期になると家族で茶摘みをしたり茶モミをしたりしていた。
大豆も作って味噌も自家製で作っていた。
春は菜の花から菜種油をしぼってもいた。
秋は渋柿を収穫して夜なべで皮むきして干し柿にした。
年間を通して野菜はほぼ自給していた。
農作業の合間には山へ入って真木を切り出して炭焼きの手伝いもしていた。
法要でいうと・・・
夏はお盆で冬はお正月に節分。
春や秋はお彼岸に初午さんに地蔵祭り。
・・・などなど、まだ若かった住職夫婦は1年中絶え間なく立ち働いていた。

そのうち、私が学業で寺を離れて、別居暮らしをしている間に住職夫婦の周辺事情がどんどん変化して、檀家さんとの付き合いも代替わりが上手くいかなかったりして、世間社会の変化に取り残されるようになって、暮らしの色々なことが複雑になって、禅の教えをかたくになに守ったのか、解釈を間違えたのかして寺の経営がつまづきはじめた頃に住職の大病と入退院が続き、それが落ち着いたらおかみさんの大手術があったりして、頭で思う理想と身体が動かない現実のねじれが修繕できないまま、作務と布施の教えが上手く機能しなくなって、いつの間にか寺務のほとんどを古き良き時代の思い出と半世紀以上の在職プライドに頼るばかりになっていた。

波風を立てないで、気がつかないままに通り過ぎる歳月を期待することはなかなか難しい。
何もしないでいるわけにもいかないし、何かしはじめると人目について波風が立つ。
「今は昔と違うんだよ」とか、「昔と同じようにはいかにんだよ」とか、色々お話をすることもはばかられるほど、老僧夫婦の時代があるところでピタリとストップしている。

いつものことだが、寺の作務や寺務をしていると、何もないことがいちばん・・・であることの難しさを身をもって感じてる。
まだ若かったおかみさんが嬉々としてセッセと耕して植栽した休耕田は、今はこれでもかというほど手のつけようもない荒地になって、イノシシの遊び場になっている。
梅雨の蒸しかえる空気に獣の匂いが強烈に漂ってくる。
ギリギリまで草刈りを入れるが限界がある。
2年ほど前に「荒れるばかりだから木を切り倒して更地にしようよ」と提案したらものすごい大騒ぎになった。
役場で土地の様子を確認したら農地のままになっていた。
先日もおかみさんが小言のついでに2年前の私の一言を蒸し返してきた。

修行の一つと確信して作務に励むが、後に残るのはなかなかの徒労感。
まだまだナンチャッテ坊主の域を脱することができませんなぁ・・・

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