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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

風に非 

2014/08/03
Sun. 05:44

島根県はしばらく前に台風がやってきて、それからあと猛暑が続いた。
7月の台風が少ないなぁと思っていたら、8月早々やってきた。
風雨を心配したが、今のところそれほどでもない。

猛暑の中現代彫刻小品展を開催して、終わったあと事後処理の事務を急いだが結局時間切れで万善寺のお盆務めが始まった。
石見銀山のあたりは7月のうちにお盆をすませる。
万善寺のある赤来高原のあたりは8月がお盆になる。
これから約1ヶ月、毎日改良衣で棚行し、手間替えの施食会で組寺をまわる。

万善寺の施食会は大般若会と一緒に8月18日に行われる。
昔は17日の夕方に寺の狭い境内で盆踊りをして、その後観音様の供養法要に塔婆回向と説教をした。
引き続いて18日は大般若会があって、それが万善寺お盆の一大イベントになっていた。
宗派を問わず近隣から信心の参詣があって、まだ少年だった私は大勢の参詣客で賑わうお盆の夜の熱気に圧倒され興奮してなかなか眠れない夜を過ごしていたことを覚えている。
今の東堂さんやおかみさんにとって、お盆の最中気配りの絶えない忙しい日々が続いていただろうが、それはそれで活気もあって張合いもあっただろう。
その頃は、隣近所からまかないのお手伝いさんを5〜6人お願いして、帳場や塔婆書きもお願いして、賑やかで盛大な法要が営まれていた。

今は当時の面影も皆無で、とても静かなお盆が続く。
寺の営繕も寺務もほとんど私一人ですませてしまう。
少年の頃からお手伝いしていた棚行は、軒数も半減して手伝いもないまま一人ですませる。
たった半世紀の間に、時代の流れは大きく変わって仏教が昭和の歴史に取り残された感じだ。

こどもの頃から仏教漬けで暮していて、若い頃に一人暮らしをしていた時も盆正月は万善寺の作務や寺務のお手伝いをしていたから、この歳になるまで仏事と絶縁の暮らしをしたことがない。
頭で覚えたり勉強したりすることもなかった仏教だが、ものの考えや行動のアチコチになんとなく世俗とは違う坊主家業の特異性が染みついていて、それが普通に自分の心に溶け込んでいたりする。
改めて思うとどことなく奇妙な感じも受けるが、彫刻の制作やテーマかたちなどには確実にそのあたりの感覚が作用していることに気付く。
これも、持って生まれた縁だからいたしかたないところでもある。
こんなもんだと思って死ぬまでこんな感じの暮らしを続けるしかないことだろう。

台風の風雨を聞きながら昨夜遅くまでお盆参りの檀信徒の皆様用に万善寺粗品を造り続けた。
あとはワイフが体裁を装ってくれる。
せいぜい多くて20~30人分程度の数だからできることだ。
今年の粗品にはアクリル絵の具で「非風非幡」と書かせてもらった。
いつまで続くかわからない粗品造りも、気持ちが萎えるまでは続けていこうと思っている。

IMG_2507.jpg

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