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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

生死事大 

2014/09/02
Tue. 07:27

彫刻制作の準備で久々に工場の整備をして青空工房になるあたりの草刈りをしていたら電話が鳴った。
いそいでエンジンを切って電話に出えると、
「お昼過ぎに息子が亡くなりまして・・」
年老いたおばあさんからそう伝えられた。
夏の棚行の時に入院中で具合が良くないから長くはもたないだろうと話を聞いていたので覚悟はしていたが、あまりに突然だった。
人の生死はあらかじめ決められているものでもないから仕方のないことなのだが、それにしても突然のことだった。

大急ぎで工場を片づけて諸々の準備をして、頭にバリカンをあててシャワーで汗を流して改良衣に着替えた。
ご自宅へ向かっている途中で「いましがた家に帰りましたけぇ」と、また電話が入った。
坊主への対応に手落ちがない。
仏具の配置に若干の不具合があったものの、身内親族だけでひと通りの事は出来ていた。
経机の位置などを少し動かして枕経のおつとめをした。
そのあと簡単な打ち合わせをした。
残されたお母さんは夫にも息子にも先立たれてどことなく寂しそうな様子だった。

もうずいぶん前のことになるが、それでも私が島根へ帰ったあとの頃にお父さんが亡くなった。
その時は、今の老僧と二人でお葬式を務めた。
そしてこの度は家族葬になって、それが故人の遺言だということだった。
喪主さんと打ち合わせをしていたら遅れて到着の葬儀屋さんが話に加わった。
町内や自治会への手配も、すべて喪主さんで終わらせたとのこと。
もうずいぶん前から覚悟が出来ていたのだろう。
葬儀屋さんも感心されるほど手配に遺漏がない。
坊主としては家の事情に深く立ち入ることも出来ないし、現状を把握して粛々とつとめあげるしかない。

開蓮忌塔婆の裏書きには中国禅六祖慧能禅師のお言葉とされているらしい一節を書かせてもらった。
「生死事大 無常迅速」
生きるも死ぬも大きな痛み苦しみをともなう。
それをのりこえる事はとても重大で大変なことだが、避けてとおることは出来ない。
心身ともに気持ちの整理もつかないでモタモタしている間に時は容赦なく過ぎ去っていく。
・・・ナンチャッテ坊主なりにそんなふうに読み解いているが、まんざら大間違いではないだろうが正しいわけでもないかもしれない。

一般に、最近の坊さんは葬式と法事が仕事だと思われることも多い。
実際、私などそれもまともに出来なかったりして、年回法事をスルーされる事も多々ある。
家族葬というと、先代住職の頃はまずあり得なかった。
今の東堂さんが「葬儀はこうせにゃならん!」とピシャリ言い切って有無が言えないところもあった。
住職交代以降、なしくずしに葬儀形態が変っていったのは、まんざら時代の流れだけでもなく、坊主の力量も影響してのことだろう・・・とクールに分析しつつ、「まぁ、それでいいか・・」と、気楽に思ってしまう自分がいる。
そもそも、人間の生き死にが儀式のように様式化されることが良いと思っていないという坊主にあるまじき自分がいたりする。
生きるも死ぬも自分の一生で一回だけのこと。
せっかく生まれたのならそのことに感謝して必死に生き抜くことが人の使命だと思う。
生き残った人と坊主の都合で葬儀の様式が決まってしまうというのもどうかと思うな。

この度の葬儀の故人は自分の誕生日まで必死に生抜き、その翌日往生された。
その少し前には私がマイワイフの誕生日を祝ったばかりだった。
その時プレゼントした薔薇は、花屋さんがくれた活性剤のおかげでいまだに元気で咲き続けている。
誕生日も命日も1年に1回のこと。
せめて、その日くらいは家族の気持ちが一つになっていて欲しいと思うな・・・

IMG_2645.jpg

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