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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

仏性 

2014/10/04
Sat. 08:48

早いもので七日務めも5日目・・・ということで35日の小練忌になる。
葬儀が終わってから一週間に1回、七日ごとにおじゃまして修証義などおつとめして、少しばかりお話をする。
先週は、帰りにビックリするほどでかいヒラタケをいただいた。
異常気象で雨続きの8月から、まだ残暑が厳しい9月になって今では朝晩の布団が欠かせないほど涼しく過ごしやすい秋。
季節の過ぎるのは早いものだと思う。
残されたご親族も少しずつ平静にもどって、日常の暮らしが落ち着いてきたようだ。
お供えのお膳がいつも凝っていてとても美味しそうだ。
故人への心遣いがこういうところでよくわかる。

最近の仏事は、何事も都合よく簡素になって儀礼的になった。
「みつき越しの法事はせんほうがいいですがぁ〜」
49日大練忌の法事は葬式から2ヶ月以内に済まさなければいけないということ。
知らない間になんの根拠もない仏事のルールが出来上がっている。
友引の葬儀は避ける・・・というのも、仏事としては根拠の無いこと。
地域の慣習風習のなかで日常の暮しに都合よく決められてきたことなのだろう。
そもそも、そういう仏事の諸々が人の都合で変るというところに宗教観の希薄さや坊主の脆弱さが見えてくる。

世の中、「大は小をかねる」とか、「長いものには巻かれろ」とか、とかく立場の上下大小や強弱でまとまる傾向にあるが、全部が全部それでいいのか疑問も残る。
信心の深さや重さは組織の上下大小で量るものでもない。
日常の暮らしに支障をきたすとか、迷惑になるとか、そういう現代社会の集団組織生活にマイナスの要因が集まっただけのことで2000年以上絶え間なく引き継がれてきたお釈迦様の智慧や真理が簡単に阻害されてしまう。
私など宗教家と云えないほどいいかげんな坊主と自覚して末席を汚しているが、それでもそれなりに坊主として越えてはいけない一線は持っているつもりだ。
仏事のいろいろも相手があることだから、それなりに歩み寄ることも大事なことだが、何から何まで世間の都合に迎合することもないような気がする。

吉田家に同居する二匹の猫には、日常の暗黙のルールがきちんと出来上がっていて潔い。
そして付かず離れず人間と上手に付き合っている。
自分の都合でベタベタと気持ち悪く甘えてくるうっとうしいオヤジにも、ポーカーフェイスで我慢しながら適度に付き合ってくれている。
まぁ、そうやって何処かしら世間の殺伐さから逃避しつつ、ネコチャンズの観察に仏性を模索している今日この頃のオヤジであります・・・

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