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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

プチ同窓会 

2014/10/27
Mon. 09:25

幾つか用事を済ませて田園調布へ向かった。
学生時代の同級生が駅のすぐ近くに住んでいて、そこへ何人かが集まることになった。
同級生といっても、工芸が確か35人くらいで、デザインが45人くらいで、彫刻や建築も似たようなものだから、その中で都合のつく連中が集まったとしてもせいぜい4〜5人だろうと思っていたら、鋳金、鍛金、染織、デザイン・・・だいたい当たっていた。

30年も過ぎると、自分で起業していたり、会社に属していたり、みんなそれぞれいろいろだ。
寺を引き継いで坊主家業におさまっているのは、さすがに私だけだと思うから、異色といえばそうなるのかもしれない。
関東に暮している連中は時々会っているようだ。
私など卒業以来久々にあったわけだから、もう少しなにかしらの感動があるかと思ったが、別に普通だった。
付き合いというものはそんなものなのかもしれない。
学生の時に同級生の一人が事故死した。
今度会って最新の情報では病気で一人死んでいて、散々飲み食いしたあと帰りがけに、お仏壇の隅で笑っている遺影へ線香をあげて一声お経をあげておいた。
みんなしんみりしていたようで、そろそろそういう年齢になったということかもしれない。

今度のあつまりは、どうやら私が東京へ出かけるからということで決まったらしい。
制作を続けていることぐらいが取り柄という程度のくたびれたオヤジのためにわざわざ集まってくれてありがたいことだけど、なにかどことなく気恥ずかしい。
帰りの電車は酔っぱらっていてよく覚えていないまま、ちゃんと新宿までたどり着いていた。
スイカのおかげだと思う。

昔のことをいろいろ思い出した。
中野坂上で神田川の近くのアパートへ入り浸っていたこと。
祖師ケ谷大蔵の喫茶店の髪の長いきれいなオネエサンのこと。
梅ヶ丘駅前の本屋さんのこと。
福生のもと米軍ハウスで大騒ぎしたこと。
恋ケ窪のアパートで雑魚寝暮らしをしていたこと。
南台の酒屋の二階で暮していた時にはじめて電話を引いたこと。
方南町にあったステーキハウスの分厚いバカ安ステーキ。
それに上野界隈、谷中、千駄木、日暮里、根津・・・田無のフグ鍋屋のおじや。
明大前ではネコのタマが電気ごたつの中で三匹の小猫を産んだ。
そのすぐ後だったか・・・その頃からワイフが時々やって来るようになってだんだん親密になった。
私のつまらない話を辛抱強く聞いてくれていた。
10年間の東京暮らしだったが、過ぎてしまえばアッという間だった。

IMG_3382.jpg

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