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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

わたしはだぁれ? 

2015/01/30
Fri. 12:19

このところあきれかえるほど万善寺家業がたてこんで振り回されている。
そう思ってしまうことも不謹慎なことだが、なにせ小さな山寺の住職としては、ここまで仏事が重なることがきわめて珍しいことなのだからしかたがない。
これでいまだに東堂さんが現役だったりすると、きっと収拾がつかないほど大騒ぎになってしまっていることだろう。

ふりかえると、老僧夫婦の時代は、まだ仏教も民衆の心の支えになっていることも多々あったから、寺の忙しさはお檀家さんや地域のお手伝いでまかなえていた。
住職がひと声かければ、八方から手伝いが集まって、方丈の間にドカッと座ってお茶でも飲みながらアレコレ指示を出していれば何とかことが進んでいた。
近所のお寺の随喜衆(お手伝いの僧侶達)が方丈の間に集まると、まかない方のご婦人方が他所行きへ着替えて化粧などしてお茶方を務めたりして、仏事とはいえお祭の如く華やいだ様子で、門前ならぬ門内の小僧である私など調子に乗って浮かれ過ぎて、散々厳しく叱られたものだ。

あの頃から思うと、身の回りの内も外も全て自分一人で切り盛りして、それでも手が回らないところはワイフの応援で助けてもらいつつ何とかその時々を乗り切っている。
たった半世紀足らずの間に、世間の事情が目まぐるしく変ってしまった。
「万善寺さんは門徒さんから何て呼ばれていらっしゃいますか?」
仏事でご一緒した浄土真宗の若いご住職から質問を受けた。
ちなみに、万善寺周辺の浄土真宗の僧侶は「御院家(ごいんげ)さん」と呼ばれている。
昔は・・というより、万善寺老僧は「方丈(杖)さん」と呼ばれていた。
それじゃぁ自分はどうだろう?と思いはじめてみると、なかなか思い当たらない。
最近は私に向かって「御院家さん」と呼んでいる檀家さんもいらっしゃる。
自分自身はべつにどう呼ばれても気にすることもないから、改めてそんな質問を受けてすぐに返事をすることが出来なかった。

ナンチャッテ坊主の貧しい仏教知識からひねり出すと、方丈の他に「坊主・和尚・住職」くらいしか思い浮かばない。
京都在住の知人のアメリカ人は、私を見ると「おしょうさん!」といってくる。
彫刻の飲み友達は酔っぱらってくると「ぼうさん!」といいはじめる。
長い間万善寺の役員をお願いしている檀家のご主人にはいまだに「わかさん!」といわれている。
お付き合いしている仏具屋さんには「ごじゅうしょくさん」とか「まんぜんじさん」とかよばれている。
ちなみに、ワイフや近所の飲み友達やその奥さんは「しょうちゃん」といっている。
遊び仲間には「てつじん」といわれていて、郵便物は郵便番号と「石見銀山鉄人」で届くこともある。
ついでに、「せんせい」と呼ばれることもけっこう多いが、何の先生なのか曖昧だし、これはあまり嬉しくない。
まともに「よしださん」と呼んでくれるのは、金融機関や病院の受付のおねえさんと宅急便や材料屋のおにいさんくらいのものだ。

仏教僧侶の呼び方も宗派によっていろいろだと思うが、私のようないいかげんな僧侶は、何と呼ばれても文句を返すことは出来ないことだとは思っている。
方丈は、僧侶の寝起き修行する住まいの寸法が語源らしい。
坊主も似たようなことで、僧侶の寝泊まりする宿坊の主をいうらしい。
和尚は、御僧が訛ったものだといわれてもいるようだが、実は私などはまだまだ足下にもおよばないほどの高尚な僧侶でないとむやみに使ってはいけない呼び名なのだ。
住職は、住持の職が短縮されて住職になったとの説が有力のようだが、一方で寺を守るために住み暮すことの職が詰まったという説もある。私などは、いまのところ万善寺に住み暮していないから無住職といわれてピッタリかも知れない。

まぁ、何と呼ばれてもそれで今の自分が変ることもないし、名前ばかりが立派になってもしょうがないことだ・・・・・と思っている。

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