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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

深夜食堂 

2015/02/23
Mon. 10:03

青梅街道からJRのガードを潜って靖国通りに入ると左側が歌舞伎町。
そのまま進んで伊勢丹の向かいに新宿末広亭があって、そのあたりを要町と云っていた。
その先は新宿二丁目になって、新宿通りへ曲がるとその先に新宿御苑が広がる。

「深夜食堂」のオープニングタイトルバックには、ガードを潜ってすぐ左にすずや本店も映っている。
私が東京暮らしの頃にはドン・キホーテはまだなかった。
「懐かしいなぁ〜、あの歩道を渡って、ガードを潜って、西武新宿線まで歩いて・・すずやの角から真っ直ぐ行くとコマがあって・・・」
30分のドラマを観る度にそんなことをつぶやいていたら、
「島根の田舎モノが、何を懐かしがってるのよ」
ワイフにピシャリと言い切られてしまった。

ハイ、確かに私は島根の田舎者でありますが、10年間ほど東京暮らしをしていたのであります!
とにかく、自分の人生で忘れ難い濃厚な10年間だった。
深夜食堂を観る度にあの頃のことが思い出されて涙ぐんでしまう・・・とは、少々おおげさかも知れないが、とにかく、数えきれないほどのドラマがあった。

18歳の春に上京して1ヶ月7500円のアパートで暮しはじめ、その年の5月から新宿三越の裏通りにある3階建ての喫茶店でバイトを始めた。
美術系の予備校が新宿通り沿いの新宿御苑の前の方にあって、その近くの喫茶店で昼食のまかない付き1時間半バイトもした。
とにかく、1本100円のデッサン用鉛筆を買うのも難しいほどの貧乏暮らしをしていたから、飲食業で働くことのありがたさを痛感した。
おかげで、プロの仕事を見様見まねで覚えさせてもらって、その後の暮しにずいぶん役立った。

いろいろ縁あって、ワイフと島根に帰って結婚して、新婚時代に教えた料理の幾つかはその時に覚えたもので、今でも、気が向くとつくってくれる。
包丁の研ぎ方を教わったのもその頃のこと。
ちなみに、ワイフの実家は西武新宿線沿線で、青梅街道と五日市街道に挟まれた住宅地にある。

IMG_4471.jpg

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