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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

修証義総序 

2015/02/24
Tue. 16:25

隣町の同宗からお手伝いを頼まれて通夜とお葬式をお務めした。
導師は今年で85歳になるも、かくしゃくとして住職を務めていらっしゃる。
副導師はそのご住職の息子さんで副住職と、それに万善寺の私。
坊主が3人揃うと鳴り物も釣り合いが取れて荘厳さが増す。
故人にとっては生涯に一度限りの自分の葬式だから、略式で済まされるよりはすっきりと気持ちよく往生できることだろう。

「みんなワシより先に死んでしもぉ〜て、もう、何人も見送ったけぇ〜のぉ。生きてるもんより、寺の裏で眠っとるもんが増えてしもぉ〜たがぁ〜・・」
この度の故人はご住職の同級生だったそうだ。
その同級生さん、亡くなる直前まで元気だったのだそうだ。
その日の朝、どうも調子が悪いからと自分で病院へ行く仕度などをしている最中に容体が急変して救急車騒ぎになったのだそうだ。
近くの病院では手に負えないので出雲市の総合病院まで搬送されたそうだが、時すでに遅しで帰らぬ人となった。
ご親族にとっては突然のことで、何事もかなり慌ててしまったそうだ。

ご住職は、子供の頃からの遊び友達のこともあって、何かと思い出されることも多かったのだろう、引導香語はいつになく熱の入ったものだった。
「もう、こんだけ生きりゃぁ〜いつ死んでもええようなもんだが。自分が死ぬことぁ〜なぁ〜んもこわぁ〜なぁ〜が、なかなか死ねんもんだけぇ〜」
組内のお手伝いのお茶方さん相手のお茶飲み話がひとしきり続いた。
先の始末も遺漏なく、副住職さんの晋山式も日程が決まりつつあるようだ。

修証義の第1章「総序」には、ざっくりいうと、「この世のさまざまに生きるものにあって、人間として生を受けたことは難しく希少な縁である。いただいた生であるから、粗末にしないで大切に精一杯生きようとしなければいけない」というようなことが書いてある。
おいぼれて自分の正体もわからいまま無駄に生き長らえることが良いのかどうなのか・・なかなか答えが見つからない難しいことだ。

そうそう、いつごろから決まっていたのか知らないが、2月22日は「猫の日」だったそうだ。
吉田家のネコチャンズもお祝いしてあげようということで、ワイフが美味しそうな猫メシを買ってきたようだが、彼等のお口に合わなかったらしい。
猫は、人に死に際を見せないと云われているが、それはたまたまそうなっているだけのことらしい。
自分が調子悪くなったら、身の安全なところへ潜り込んでひたすら完治を待つのだが、結局完治しないまま憔悴して死んでしまうことも多々あって、人に発見されないまま朽ちていくだけのことなのらしい。
人間もこんな感じで死んでいく人が増えたら、それこそ葬式坊主の用が無くなってしまうね。

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