FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

人生 

2015/06/19
Fri. 20:52

久々に一週間が早いと思った。
老僧の密葬は訳の分からないうちに始まって終わった。
私にとっては、何もかもがはじめての経験だった。
もちろん、吉田家の家族全員がそうだし、老僧やおかみさんの親戚にとってもはじめての体験になった。
そのくらい、老僧は長生きしたことになる。

密葬には仕事を抜けられなかったノッチが間に合わなくて参列できなかっただけで、あとはみんな都合をつけて帰ってきてくれた。
じゅん君は老僧の入院以来2度ほど病院へ見舞いにきてくれた。
なっちゃんとは、昨年の秋以来久しぶりの再会になった。
今年の春から一人暮らしを始めたキーポンは、保育実習の打ち合わせに帰ってくる予定だったのが急な葬儀で3日ほど早くなってしまった。
それぞれの事情でそれぞれが都合をつけてくれてありがたいことだ。

私は老僧とことあるごとにそれなりにベッタリ付き合っていた方だと思う。まぁ、男同士だからサッパリしているところもあって、ベタベタした感じはなかったが、老僧の方は、けっこう素直に甘えてきてくれたりして、今思うと、それが何かしら嬉しかった。
最後の3日間は、見ていてこちらがつらくなるほど苦しそうだったが、長い目で見ると、この半年間は、自分を見失うほどひどい闘病が続いたとも思わないし、それなりに僧侶らしく静かで潔い日々を生き続けてくれた方だと思う。
「あのときもっとあぁ〜してあげればよかった」とか、「もっとこぉ〜しておくべきだった」とか、そんなことは全く思わない。老僧にしてやれるだけのことはそれなりに後悔のないくらいしっかりしてやれたと思っている。だから、今は何かしら清々しくもある。

なっちゃんが帰りの車中で時間を持て余しながらつぶやいていた。

死んだときに残された人がスッキリした気分でお別れするには
「この人は人生を謳歌した!」って思わせるかどうかな気がする。
やりたい事やったしやり切ったね!
楽しい人生だったでしょ?
次の人生も楽しんで!って思えるから。

なかなか良いことを云う。私もそう思う。
いつだったか、通院を終わってまだ寺に帰りたくないと老僧が云うものだから、思いきって石見銀山の自宅まで連れてきたことがあった。その道中、「老僧の人生はどんなだったかね?」と聞いてみたら、「幸せだった!」と、珍しく即答した。
いつもは耳が遠くて聞き返してくるのにそれもなく、迷いない返事が返ってきた。
それを聞いた自分は、「救われた!」と思った。
老僧は、最後まで人に優しく生抜いた人であった。

IMG_5578.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2002-a48cc6c7
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2020-08