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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

禅僧さん色々 

2015/07/04
Sat. 23:57

早朝から石見銀山の史跡清掃があるから、今夜は吉田家の四畳半でくつろいでいる。

吉田家のある駒の足自治会は、毎年龍昌寺跡とその周辺を受け持っている。
龍昌寺は、万善寺と同じ曹洞宗の古刹であった。江戸の頃、天領石見銀山を統治していた諸代官の菩提寺になっていたり、年中の節目に加持祈祷をして銀鉱山の安全や生産増を祈願したりする大切な役割を担う寺院のひとつだった。
近年になって裏山が大きく崩れる災害にあって、本堂僧堂や庫裏など、寺院のほとんどが消失してしまった。
今は、基礎の石組みと井戸の跡が長い階段を上った先にある平地に残っている。裏山には墓地が広がっていて、墓参りもなく絶縁した野ざらしの墓石が密集している。諸大名や鉱山の組頭衆が安全祈念に寄進した五輪塔も原型を保って今に残っている。その筋の研究者によると、歴史的価値は結構高いようで、重要な遺跡群の一つになっているらしい。

現在の龍昌寺は、石見銀山の町から10分ほど東に車で走った隣の町へ移転している。
同宗でもあるからそこのご住職も知らない訳ではないが、万善寺のような末寺と違ってずいぶん格上のお寺で近寄り難い。
同じような島根の田舎の山寺で、ここまでの格差が出来てしまうのも歴代住職の寺院経営手腕がおおきく関係しているんだという事が、この度の憲正大和尚本葬準備をしていてよくわかった。檀家衆の信心の強さと財力の大きさで大きな差がついてしまうという現実を実感している。

僧侶の葬儀となるとどんな小さなお寺でも、最低20人の方丈さんが集まらないと配役が勤まらない。結局は、タダでお願いできる訳でもないから、それぞれの役向きに応じてそれ相応の御礼を用意する必要がある。まったく俗っぽい数字がどんどん膨れ上がって収拾がつかない。結局は借金をしてでも何とかこの急場を乗り切るしかないから厳しい話しだ。さすがに、在位60年の憲正大和尚を粗末に扱う事も出来ない。こうしてみると、私のこれまでの人生は、憲正さんの葬儀や歴代の大和尚さんのお守りをし、やがて近い将来避けられないおかみさんの葬儀をするためにあったのだということがわかってきた。私ごときのナンチャッテ坊主が死んでもこの度の憲正さんほどの経費をかける事は出来ないから、全ての事が終わったらさっさと帰俗してスッキリと自分を断捨離するのが一番だ!・・・と、今は本気でそう考えている。

ワイフは久々にゆっくりした1日を送ったようで、愛情タップリ!(かどうかはわからないが)の手の込んだ美味しい夕食で食卓がにぎわった。最近定番の鯛のアラ煮の上品さがやっぱり絶品だった。私の好物の焼き茄子もあった。これから夏に向けて茄子が旨くなる。今が旬の鯖も旨い。それに何より隠元の胡麻和えが今夜のヒットだった。
隠元というと、それを日本へ輸入した禅僧さんの名前がその起源になる。豆そのものの原産は南米らしくて、それが中国経由で西から日本へ渡来した。スケールの大きな話しだ。
隠元は繊維質が多くて便通が良くなるような話しを聞いたような気がするが間違いかも知れない。結局は美味しかったらそれで十分だから、そんなことどうでもイイや!

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