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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

癒しのネコチャンズ 

2015/08/02
Sun. 21:59

落ち着かない寺暮らしが続いていると、溜まり続けたイライラがちょっとしたことですぐに飽和状態になって爆発する。
そのイライラには、ほぼ全てにおかみさんがからんでいる。

そもそも、私とおかみさんの仲は、幼児期から少年時代の15年間でプツリと切れている。
それ以降は、1年でせいぜい通算1カ月くらいしか会話がないままの学生時代を過ごした。
島根にUターンしてからも、1年の10ヶ月以上はワイフと暮し、引っ越しの度に子供が一人ずつ増え、最大6人家族の頃は、もう完全に吉田家オリジナルの暮しが定着して、最小限のコミュニティーの様々なルールが完成した。典型的な核家族になったわけだ。そのような吉田家のささやかな歴史の流れは、やがて子供の独立とともに少しずつ規模が縮小し、今の夫婦2人とネコチャンズとグッピー達のシンプルな暮しに落ち着いたのは今年の4月からだった。
そして、6月に憲正さんの遷化があった。28歳で結婚してから4年くらいは夫婦2人暮らしで、そのあと、このたび2度目の2人暮らしが久々に再開するかと期待していたら、結局、憲正さんの老衰の加速で単身赴任どころか県内別居生活が始まることになった。

老夫婦の二人暮らしは、良くも悪くも日本社会の変遷に取り残された前時代のルールがそのまま乱れることなく維持され続け、昭和から平成に変った。周辺の地域事情も万善寺の老夫婦と似たようなものだ。地域が揃って、目まぐるしく変化し続ける平成社会に追いつかなくなって、色々な不具合が膨らむ一方のまま今になった。
ゴミの分別、回覧板、運動会や文化祭などの年中行事、盆正月の神事や祭事、自治会役員の改選、地域の葬祭、そして、農業や僧侶の家業に至までことごとく年々コロコロ変る行政の取り決めに縛られつつ、それを守り維持することが出来ないまま、昔の若かった頃のシステムにすがりそれを頑固に守り、気が付かないあいだに肉体や思考の衰えをプライドの支えで死守する暮しがあたりまえになっていた。

もう半世紀も同居をしていない親子が、或る日突然日常の暮しのルールを共有しなければならなくなった時、それは、前時代のルールにしがみついた老人にとっては、ことの善悪の概念がそのまま親子の上下関係に直結して衝突を避けられない日々が続く。今の常識や正道が理解出来ないまま、ひたすら立場の上下関係だけにしがみつく老人の悲哀をヒシヒシと感じつつ、一方で、日常の暮しを共有する社会の最低限のルールを無視も出来ない。
有る意味で、仏教の聖地に寝食を共にしながら、日常で飛び交う前時代の差別言語まで受け入れなければいけないことは今の自分にとって拷問のような毎日だ。
ようするに、こうなるまで老人の暮しをほったらかしにしていた自分に非があるといわれればたしかにそうなのかもしれないが、やはり、家族親子の事情にハウツーは通用しないとも思う。おかみさんが過激に大騒ぎするのは、それなりに元気であることの証明ともいえる。これで老衰が進むと今のような過激な言動は消沈するだろう。
適度にガス抜きをしながらのらりとつきあうしかないことだと、自分に言い聞かせている。
当分は時々送ってくれるワイフのネコチャンズ写真に癒されながら寺暮らしを過ごすしかないのだろうね。

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