工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

石見銀山暮し復活記念日 

2015/08/19
Wed. 23:53

盆を過ぎて急に日が短くなった夕方から・・というより、夜になって万善寺から結界君で5分ほど走った赤来高原の里山にある七面さんのお堂でお盆供養をお務めした。
毎年同じ日に周辺地域有志の皆さんがそのお堂に集まってくる。

もとは、その地域全体にちらばって安座されていた野仏さんや小さな掘っ建ての祠にお祀りされてあった仏さんを、最近になってそのままだと粗末になるから一つに集めようということで、近くの棟梁へ頼んで立派なお堂を建立された。
そのお堂の棟上げから仏さん安座にかけての一連の法要は、まだ元気だった憲正さんが仕切った。
憲正さん直筆の立派な札板も奉納されて、すでに朽ちて文字の判別も難しい過去の札板と一緒に並べられている。

安座の仏様は様々で、昔ながらの民衆の神仏頼みの重さがよく伝わってくる。
十王さんの名残の石仏様。
とても穏やかなお顔の馬頭観音様は少し珍しい。
白木の逗子に入った彩色の小さな七面様。
石の風化が激しくてお顔の判別も難しいたぶんお地蔵様。
工人の手が同じだろうよく似た木の葉地蔵様が2躰。
それに、西国札所巡りで揃えられたと思われる軸の掛け絵観音様。
これらの仏様方は地域に広がって、それぞれ個人で長い間お守りされていたのだろう。
ずいぶん昔に憲正さんが、その仏様方のことをしゃべっていたことを思い出しながらお経を読ませてもらった。
最後に、幾つかのご真言陀羅尼をくり返して、そのあいだに焼香をしてもらった。

今年から、野外仏事は憲正さんの黒法衣を拝借している。
私と身長が10㎝違って低かったから、普通の法事や仏事で着用は難しい。
そのまま撥遣して御焚き上げするのもしのびないから、こうして野外仏事に使わせてもらうことにした。
晩年は年々膝が悪くなって立ち座りが難しくなっていたから、法衣の裾を踏んでしまったり袖を引っかけてしまったりして、アチコチにほころびが出来ているので、この度は、お務めが終わってからの着替えをやめて、そのまま結界君に乗って石見銀山の自宅へ引き揚げた。
ワイフがヒマな時にそのほころびを直してもらおうという魂胆だ。

数ヶ月ぶりに石見銀山での暮しが戻ってきた。
これからは、通勤坊主に切り替えて、万善寺の暮しが縁遠くなる。
まぁ、おかみさんが往生するまではそういう無住職状態の万善寺を維持することになるだろう。
周囲は色々言ってくるだろうが、かまったことでもない。自分の暮しが大事だからね。
そんなわけで、家族三人のささやかな石見銀山復帰祝いをした。
あいかわらずキーポンが甘えてからんでくる。
久々に心底笑った。

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