工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ネコチャンズ事情 

2015/08/23
Sun. 11:39

朝の少しのあいだ、吉田家のネコチャンズはリードを装着して番犬ならぬ番猫タイムがある。
本当は、数年前にクローズしたギャラリーを再オープンして番猫ならぬ招猫ちゃんズになってほしいのだが、オヤジの宿命というヤツで、いまだにそのささやかな願いを叶える事ができないでいる。

石見銀山に暮しはじめて20年を越えるほどになった。
島根生まれの私がUターンしたのが28歳の時。それから10年間はアチコチを転々としながら行く先々で子供が1人ずつ増えて、末娘のキーポンが生まれた時にはすでに石見銀山に住んでいた。
そのキーポンより先に吉田家の家族に加わったのが今は亡きシェパくんだった。
彼は三毛の雑種で、まだやっと乳離れしたほどの小さい頃に石見銀山の駐車場付近へ捨てられてうろついていた野良犬だった。まだ野良犬の悪事に染まっていなくて、人懐っこいところも残っていたが、やはり小さい身体でそれなりに苦労したからだろう、けっこう神経質でもあった。始めの頃は人に甘える事が上手くできなくて緊張で震えたりしていた。
その頃の吉田家はまだ転勤家族だったから、それなりに寿命が長い生物とはつき合わない方が良いと思っていたので、その子犬を飼う事には消極的だった。
結局、じゅん君となっちゃんの説得と、犬好きなワイフの妥協で二晩目の夜から吉田家の家族に加わった。
あの頃はまだ五右衛門風呂を使っていて、その子犬も五右衛門風呂で洗った。犬猫病院へ連れて行って診察を受け、必要なワクチンを接種して、名前も正式にシェパと命名した。
その彼は19年と10カ月生きて老衰で大往生した。
彼の人生・・イヤ、犬生が幸せだったかどうかはわからないが、飼い主でつき合っていた私は彼の最後を自分で看取る事ができたという事にそれなりの達成感もある。

今のネコチャンズも、20年前の野良犬だったシェパくんと同じようにじゅん君が黒猫を連れて帰った事がきっかけで同居が始まった。この先ネコチャンズが何事もなく年齢を重ねれば、だいたい20年くらいの寿命を全うする事になるだろう。
さて、その20年後に私はどうなっているだろう?
まだこの世でのらりと生きているだろうか?
ジジイやババアになったネコチャンズを自分で看取ってやる事ができるのだろうか?

20年前の石見銀山はゴーストタウンのありさまで、野良犬がアチコチでうろついていた。
約1kmの町並みでは数軒のお店があるだけで、観光客も皆無だった。
今の石見銀山は休日や祭日どころか、平日の晴れた日は観光客のレンタサイクルで町並みが混雑するほどになっている。
そして、野良犬がいなくなったら、野良猫がやたらと増えた。
吉田家のネコチャンズも何度か野良猫との接近遭遇があって激しいバトルがあった。
限りなく猫好きに変貌したワイフは、そういう事が続いたのでネコチャンズを家猫にした。
さて、番猫タイムが彼らにとって幸せなひと時になっているのかどうか・・

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