工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

智慧の実践 

2015/09/16
Wed. 22:59

今年の護持会総会の特派布教の老師は、小学校の先生をしていられたらしい。
そのためか、学校の授業のようなお話しぶりで、「皆さんが真面目に聞いていらっしゃるから、なんとなく学校の授業のようなお話になってしまいましたが・・・」と、自らも自覚していらっしゃったようで・・・

さすがに、お話で全国を回っていらっしゃるだけあって起承転結もしっかりして、予定の1時間半を正確に話通された。
内容は、われわれ現役の方丈さんには常識の仏教ごとを、分かりやすくお話された。
・・・が、さて、参集の各寺檀家護持会の役員さん方がどれだけ理解されたか・・というより、仏教ごとに興味を持たれたか・・というと、なかなか解釈の難しいところ。
お話の間中、頭がグラグラ揺れていたり、携帯の着信でドタバタしたり、どうも「うわのそら」的行動が散見されたと私には思えた。

秋の今頃になって本年度の総会を行うということも場違いなことで、議題の内容が全て春先に終わったことの報告ばかりのことだから、この時期を外せない会であるなら、キッパリと年に一度の説教会とか講演会にしてしまった方がスッキリする。
それに質疑応答などが加わったりしたら、なかなか有意義な研修会になるだろうに。
偉い坊さん方の末席を汚すナンチャッテ坊主が思っていることなど、このような場で口走ることもはばかられることだから、それなりに我慢してあたらずさわらず1日がすぎた。

出席者に配られる弁当(代金自分持ち)を頂いて、その足で彫刻制作中のストウさんを訪問した。
建材のスチレンボードを刻んで原寸大の模型を作ったりしてがんばっていた。
少し前の総会もどき研修会のこともあって、そのストレスがいっきに解消した。
仏教界の智慧の真理は、正にこういう彫刻の実践に浸透していると具体でダイレクトに感じ取れてしまうところが面白い。
ストウさんやワイフや私のように、純粋に形態に向き合う造形の創造は、生きる力の正しい方向をしっかりと身をもって示していると思っているんだけど違うことなのかなぁ〜・・・

彫刻制作中の彼と別れて国道を西走していたら図書館で勉強しているはずのキーポンから着信があって、ひと通り終わったから迎えにきてくれというので、そちらへ急いだ。
石見銀山の自宅へ着いたら今度は富山でお世話になる岡山の彫刻家から着信。
まぁ何とも落ち着くヒマもない1日になってしまった。
東西から会場の富山へ向かった。
若干私が早くに到着して、小雨の中で下見を済ませ、富山の里山の絶景を前に立ち話で盛り上がり、慌ただしく東西に別れた。

秘かに思い描く「とみやま学校」構想も、打ち上げ花火1発で終わるかも知れないが、それでも仏の智慧の実践に意味があると私は思っている。けっこう濃厚な1日だった。

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