工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

国電の夢 

2015/09/30
Wed. 13:04

JR山手線を国電といっていた頃のこと。
大学が上野にあって、アパートが小田急線梅ヶ丘にあった頃のこと。
どうしてもその日に外せない用事があって、新宿から上野まで歩いたことを覚えている。
どういう原因かそのあたりのことは全く記憶にないが、とにかく国電が止まって動かなかったし、地下鉄も止まっていたから歩くしかなかった。
帰りもまだ国電が動かなくて歩かないといけないと思うと気が滅入ってきた。
気持ちの半分は、なんとかして学校へ一晩泊まろうと傾いていたのに、結局夕方には国電も動いて、梅ヶ丘へ帰ることができた。
それに、神奈川の方から通っていた男と女の友人二人が一緒にアパートへ泊まることになって、3人で雑魚寝したところだけ記憶に残っている。
随分後のことになるが、あの時一緒に寝た二人が結婚した。
気が付かないまま、私が二人の愛のキューピットになっていたらしい。

昨日は早朝から深夜までかかって展覧会出品の彫刻を島根搬入した。
近年連続してこの島根搬入が何かしら躓いてしまう。
いつもお願いしている西濃さんへやたらと迷惑をかけっぱなしになっているから、こういうことが悪癖にならないように、今年はかなり早くから作家各位へ念押しをしていた。
それでも土壇場になって、結局決まっていたスケジュールがガタガタに崩れてしまった。
吉田は、こういうこともあるかもしれないからと、2日前には西濃さんのプラットホームへ彫刻を運んでおいて、あとは当日付属品をまとめればいいだけにしておいたのに、その作業も時間切れで六本木まで持ち込むことになってしまった。
そのくらい、今年の搬入作業はハードだった。

ワイフは毎年変わることなく、前夜は完全徹夜で朝を迎えた。
それでなくても夜行性のネコチャンズは、夜通し狭い吉田家をウロウロと動き回っていた。
そういう状態だから、私も熟睡できないまま朝になって、彼女の彫刻移動や写真撮影をして、西濃まで付き合った。
それからその足で倉吉まで結界くんを走らせて、高齢彫刻家の作品を受け取ると、松江で制作中の周藤さんを訪ねた。そこまでは、一応予測の範囲でまだ余裕があった。
朝5時位から動き始めたらしい周藤さんは、どう見ても予定の搬入時間までに制作が終わりそうにない。
ひとまずトラックへの積み込みをしなければいけないから西濃まで引き返す道すがら、秋の交通安全そっちのけで運転しながら電話を使いまくり、出来る限りの手配をした。
岩国のカナちゃんは、昨年にもまして大遅刻になって、結局松江で制作中の周藤さんの工場で最後の搬入をすることになった。トラックのドライバーさんと打ち合わせして結界くんを並走させて、松江へ移動したら既にあたりは暗くなっていて秋の月が空へ輝いていた。
その夜は3人で松江で寝た。
朝方になって、あの国電の出来事を夢のなかで思い出していた。
夜明けを待って結界くんを走らせて朝のうちに石見銀山の自宅へ到着。
結界くんの走行距離は500kmを越えていた。

IMG_1175.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2104-2647a811
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-08