工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ダルい1日 

2015/10/10
Sat. 23:51

なんとなくダルい1日だった。
それでもなにもしないで休むわけにいかないから、とにかく朝から眼前の事実に向き合った。

大都会の人々の暮らしを基準にすれば、私の暮らすところは、石見銀山にしても万善寺にしても、まぁ、かなりの田舎と言ってもいいだろう。
たとえば一番近いコンビニまでの距離。
たとえば一番近いATMまでの距離。
たとえば一番近い総合病院までの距離。
たとえば一番近い宅配便集配所の距離。
それに、たとえば一番近いゴミ収集所の距離。
自分の暮らしの拠点を中心に、身近にあると便利な施設までの距離が近づけば近づくほど個人の暮らしが便利に楽になる。その「便利の加減」が大都会とド田舎の暮らしの格差と言って良い気がする。

万年副住職のぬるま湯にどっぷりと使っていた私が、避けることのできない年功序列に乗って住職になって、さて、6〜7年になるだろうか?
とにかく、この歳でまだ10年と在職していない間に、万善寺周辺の数軒のお檀家さんが消えた。
あるお宅は、独居老人の死亡で絶縁。
あるお宅は、介護施設暮らしで空き家。
あるお宅は、高齢の親が都会暮らしの子供に引き取られ、そして、あるお宅は、都市部の住宅地へ新築転居。
近い将来を加えれば、絶縁のお宅があと2〜3軒控えている。
将来の展望が全く無いままのこういう状態で寺を維持することも至難の業・・というより、それをわかって転職できない身の辛さと向き合いながら、毎日を過不足なく気楽に生きなければいけないという現実がある。
「これも自分限り・・」と、心に秘めて家族の幸せに背を向け、自分の夢に目をつぶり、発展性のない現実と向き合って、1日を快活に過ごす。
こんな夢や希望や理想から見放された暮らしを楽しく明るく過ごすことが出来るだけでも大したものだ!
今朝目覚めてシュラフにくるまったまま、しばらくのあいだワイフの台所の音を聞き、ネコチャンズのひと騒動を聞きながら、とかくに現実的な瞑想ともいえない瞑想をしていた。

人に生まれて、毎日を何もしないで、何も考えないで、何も思わないで過ごすということがどれだけ辛くて難しいことか・・
喉が渇けば水が飲みたくなるし、腹が空けばメシが欲しくなるし、満腹になればウンコが出たくなるし・・・
生きていれば何かしら欲も芽生えて、我慢ができなくなって、毎日毎日アクセクする。
それも一度しかない自分の人生なんですからね・・・

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