工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

学校の階段 

2015/11/01
Sun. 22:52

とみ山彫刻フィールドアートワークの前半2日目が終わった。
ものつくり教室でお願いした二人の講師もそれぞれ西と東へ帰っていった。
明日は教室の模様替えをして最終日3日の文化の日を迎える。

地域の自治会長さんたちも参加してくれた交流会をスタッフや講師の宿舎でお願いした松林寺の本堂寺院方控室で華々しく開催した。
総勢約15人の作家たちが夜遅くまで熱く語った。
中でも一番盛り上がっていたのはかく言う私吉田であった。
きっと、やたらとうるさかったことだろう。
気がつけば、麦とホップ500mlのケースが空き、差し入れの焼酎やどぶろくも無くなり、ワイフの力作大鍋おでんも完食。
こんなことは、1年に1度くらいしかないことだろう。
個展で出品参加してくれた若い作家ともタップリ話すことが出来たし、吉田としてはとても気持ちよく飲めた。

一方、そろそろジジイの身体にアチコチ不具合も出てき始め、朝方から腰が重くなり、昼過ぎには左の膝が曲がりにくくなり、徳島からものつくり教室の講師で参加してくれた居上さんを駅まで送る頃には結界くんのクラッチを踏むのもつらくなった。
2階の会場準備で踊り場付きの広い階段を何度往復しただろう。
たぶん、1千回近くにはなっていると思う。
今度撤収するときのことを思うと頭がクラクラしてきた。

日曜日ということもあって、富山町内からのお客さんは親子三代そろって出かけてくれたりして、もう長いこと空き家になっていた富山小学校が久々に賑やかな子供達の声であふれた。
教室の個展会場も熱心に見てくれたこの子たちは、自分が生まれたすぐ近所のこの富山小学校に通うこともなく、もちろんそこで勉強することもないまま大人になってしまう。
熱心にものつくりをしている子供達の背中を見ながらそんな風に思った。

「2階へ上がるのは初めてですよ・・・」
町内のおじさんたちがそう言っていた。
階段の手摺柱には、初代の校舎で使われていた立派なケヤキの柱が再利用されて黒光りしている。
はるか昔、この手摺の柱を毎日のように掃除して何百人何千人の子供達の小さな手がそれこそ数えきれないほどペタペタ触っていた時代があった。
「この柱がこんなところで使われとったんだねぇ〜」
今では立派なおじいちゃんになった昔々の古い校舎へ通っていた仲の良い小学生が、愛おしそうにさすりながらしばし少年時代の思いでを懐かしそうに語り合っていた。
若い作家の教室個展のエネルギーが、一気にしぼんでしまうほどの重たい感想だった。
膝は壊れてしまったけど、この階段を往復して良かったと実感した。

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