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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

1973 

2015/11/15
Sun. 23:39

久しぶりのジェイムス・ブラントが耳に心地良い・・・

富山町の文化祭が今日で、それまで引っ張っていた旧富山小学校での展覧会も最終日になった。日曜日だから仕方の無いことなのかも知れないが、結局万善寺の法事などの用事が入って会場へ行くことが出来なかった。
個展作家に連絡をとって、何とか教室展覧会の全体を把握してもらうようにしてはおいたが、それも彼等にとっては迷惑なことだったろう。まぁ、吉田のやることは所詮こんなもんですよ。飛ぶ鳥があとを濁しっ放し・・・って感じですね。

それでも出来ることはあるだろうと、この2日間早朝に富山町へ走った。
教室のカギを開け、照明をつけ、作品やキャプションの状態を点検する。
増刷しておいた目録を整頓して、それから万善寺へ向かう。
富山での滞在時間はせいぜい20分程度。
このところ連日パッとしないぐずついた日が続いていて今朝も空がドンヨリと曇っている。
だからというわけでもないだろうが、とにかく気持ち悪く生暖かで朝から汗ばむ。
結界君の車内も梅雨のような湿気が充満していて窓がすぐ曇って視界が悪くなる。
朝からこんな天気だと気持ちも沈んでくるから、それでiTunesを探って、久々のジェイムス・ブラントになったわけだ。
延々と続く三瓶山の上り坂にエンジンフル回転のけなげな結界君が可哀想になっていたが、〜1973〜が爽やかに流れたりすると、前夜の風雨で外周道路いっぱいに張り付いた枯葉までがキレイに見えてきたりする。

1973・・・というと、あの頃は上京して祖師ケ谷大蔵のアパートの四畳半で暮しはじめた頃。
当然のことだが、あの頃は若かったなぁ〜・・
毎日受験勉強で絵ばっかり描いていた。
そして、新宿東映で「仁義なき戦い」を観た。広島に限りなく近い島根県の山奥で生まれ育ったから、あの菅原文太さんの広島弁が耳について離れなくなってしまった。
まだ、友達も少なくて1日中ほとんどしゃべることもないまま暮していた頃だったから、ポロリと出てくる方言が直らないまま苦労していた頃でもあった。
「明日に向かって撃て」のあとにポール・ニューマンとロバート・レッドフォードのコンビ再結成でジョージ・ロイ・ヒルの「スティング」が上映されたのも確かあの頃だった。
「明日に向かって撃て」は、松江の高校へ通っていた頃に、今は無き松江中央の土曜日のオールナイト上映へ潜り込んで3回も連続して泣いた。キャサリン・ロスがキレイでかわいくて、それから何度も映画雑誌の彼女をデッサンした。
「スティング」も面白かった・・・というより痛快でスカッとして気持ちが晴れた。確か、上映は新宿のピカデリーかミラノ座だったと思う。

ジェイムス・ブラントを聞きながら、昔は貧乏浪人の分際で贅沢に映画を見あさっていたなぁ〜・・などと思い出しているうちに万善寺へ到着した。

IMG_1447.jpg

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