工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

長髪 

2015/12/09
Wed. 23:56

このところ石見銀山で引きこもっているか、改良衣に着替えて寺の用事を済ませているか、どちらかの生活が続いていた。
報告書作成の関係で急きょ彫刻家の小林さんと逢うことになって、久しぶりに朝から石見銀山の町並みへ出て見るとメチャメチャいい天気。

ワイフにたたき起こされて痛い身体を騙しながら布団から抜け出した時はそれほど寒さを感じなかった。
しばらくのあいだストーブの世話もしないでシロと戯れていたら、「ストーブちゃんとつけてよ!朝は忙しいんだからそのくらいしてくれてもいいでしょ!!」
・・台所のワイフに叱られた。
べつに、ストーブがなくてはいけないほど寒くもないと思ったが、ワイフの機嫌をこれ以上損ねるのもどうかと思うし、ひとまずは素直に彼女の言うことを聞いた。

まぁ、そんなことがあって、それでも美味しい朝ご飯を食べさせてもらって、必要な書類などを準備して、結界君に乗り込んで石見銀山から国道へ出て東に向かった。
運転席に冬の低い太陽が射し込んで顔の右側がやたらと熱い。
これで夏場だったら帽子を用意したり窓ガラスにタオルを挟み込んだりして直接の紫外線を避けたりするが、まさか冬の今の時期にそんなことまで準備しようとも思っていなかった。
運転しながら結界君の助手席の後ろ側辺りの左手の届く範囲をまさぐっていたら、工場の仕事中に暑くなって脱ぎっ放しにしていたTシャツを見つけてそれを頭から顔の右半分に引っかけた。
こういう時に頭を丸刈りにしている坊主は困ってしまう。やはり長髪の良さというか、長髪にする意味というか、まんざらファッションの関係だけでもない。
出雲市に入ってしばらくしてから斐伊川土手を南下する。
その頃になってやっと結界君の運転席に射し込む日差しの向きが変った。

長髪というと、やはりそれなりに世間へ反抗していた若い頃のことを思い出す。
それに私の場合、中学校を卒業するまで丸刈りの坊主頭だったから、余計に長髪へ憧れていたようなところもある。
あの当時は、ビートルズの来日やヒッピーやフォークソングの流行などで、長髪が完全にファッションの一部になっていた。高校生になってすぐから田舎の坊主頭の少年は髪を伸ばしはじめ、その長さに正比例して親への反抗も増幅した。ひと通り悪いことも覚え、卒業までにそれが一巡した。
それから上京して20代のほとんどを長髪で過ごした。
今の坊主頭からは想像できないだろうが、ポニーテールで過ごしていた頃もあるし、アフロで改良衣を着てお盆務めをしたこともある。それに、口髭と顎髭は結婚してからも続き、今のようなスタイルになったのは30代も後半になってからのことだった。
「ロングヘアーが懐かしいなぁ・・」と思いつつ、結界君の道中は久々にボブ・ディランを聞いた。

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