工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

冬仕様の土間 

2015/12/14
Mon. 23:04

日が暮れて工場から石見銀山への坂を登る道端の温度計が12度だった。
この時期には珍しく、昼のうちは抜けるような青空に夏を思わせるような積乱雲が盛り上がっていた。少し動いただけですぐに汗ばんでくる。
気持ちの方はもう完全に冬対応になっているから、どうも身体の反応が上手く制御出来ない。
結果くんにいっぱいの薪を積んで吉田家前の駐車場へ帰って空を見上げたら、石見銀山の町並みの頭上の空いっぱいに星が輝いていた。
「今日は双子座流星群だよ!帰りに流れ星3つ見たわぁ〜」
キーポンが電話でそう言っていた。
一日中丸鋸動かして薪を刻んでいたから、空を見ながら駐車場で暇を潰す気持ちになれなかった。流れ星を見るよりは風呂で温まった方がいい。

このところ、短期間で天候が大きく変わる。
少し前の晴れた日に、昨シーズンで余った焚付の製材落ちを刻む準備をしておいたら、その後暴風雨になってせっかく乾燥していた薪がじっとりと濡れてしまった。
今日は、その濡れたままのまだ乾ききっていない薪を一気に裁断して結界くんで2往復した。
吉田家の土間のいつもの場所に積み上げてみると、今年の年末からお正月がすぎるくらいまではこれほどの量で十分まにあうほどになっていた。

吉田家の土間は、正面の町並みに面した出入り口と裏庭や銀山川の側にある出入り口を結んで、家の真ん中を縦断している。
もとは、土間から半分が住居で反対の半分が掘っ建ての作業場だったようだが、近代になって作業場に床を張り畳を敷いて2世帯が一つ屋根の下で暮らせるように改築したらしい。
吉田家の家族がこの家で住み暮らす前は、屋根が抜け落ちて空が見えるほど朽ちた状態の空き家だった。
文化庁の調査が入ったりして結構面倒な家だったが、せっかくのことなので原型にできるだけ近づけながら復元しつつ改築して今にいたっている。
その土間も、調査の結果基礎石の配置に従ってほぼ原型に近い状態で復元された。
町並み側の出入り口は大戸を引き上げることも出来るような仕組みになっていたようだが、今は障子の引き戸を開け閉めしながら暮らしている。
それでも結構広い土間だから、こうして自宅の中に薪を積み上げておくことが出来て便利だし、手押し車も持ち込めて作業もし易い。

薪を運んでいると、まだ子供達が小さかった頃を思い出す。
あの頃はじゅん君もなっちゃんもお父さんの薪運びをよく手伝ってくれて、まだ小さかったノッチは犬の散歩を変わってくれて、家族みんなで冬のシーズンを迎える準備をしていた。
「あんたが動けなくなるまでだからね。薪ストーブは・・」
ワイフにそう言われていて、今は、オヤジ一人でコツコツと薪を刻み運んでいる。

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