工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

みずきゅうにしてつきをながさず 

2015/12/22
Tue. 20:42

昨夜もいつものようにワイフの愛情たっぷり(かどうかはわからないけど・・)の夕食を食べてデスクワークの続きをしようと四畳半へこもっていたら、胃のあたりがシクシク痛み始めて我慢が出来なくなってきた。
それからがどんどん大変にひどくなっていくばかりで、ひと晩の間に数えきれないほどトイレの往復をした。
その間も、クロは私の横でピクリとも動かないまま爆睡している。
はじめのうちはまったく薄情なやつだとも思ったが、夜半を過ぎたあたりからそんな余裕もなくなって、フラフラしながらお茶を飲み水を飲みポカリを飲みバヤリスオレンジを飲み・・とにかく、脱水症状にだけはならないように気をつけるだけが精一杯になってきた。
結局、一睡もできないまま朝になって、ワイフが台所の用事を始めた音が聞こえてきたら、それで少し安心したのか、短時間ほど寝ることが出来た。
昼前になって胃の方は落ち着いて少し良くなったが、今度は熱が出てきた。
それでも寝ている訳にはいかないから、自分をだましだまし、原稿を仕上げた。
その一つがこれ・・・来年の万善寺カレンダーになる予定なのだが・・・さて間に合うだろうか?

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宗門開祖の道元禅師さんの定められた修行規則に「典座教訓」があります。
「典座(てんぞ)」と云うのは、修行僧達の食事をつくる料理長のような役職のことです。
典座職は修行道場での要のような役割だといってもいいでしょう。
道元禅師さんは、それほど禅の修行で毎日の食事が大事なんだとお考えになっていました。

自分にしか出来ないことを自分の才能とか能力だと思ってしまって、それにしがみつくばかりのプライドだけで毎日を生きている人が多いような気がします。
人はこの世を生き抜く上で、自分のプライドを持つことはとても大事なことです。
でも、或る日気が付くといつの間にか自分がそのプライドの呪縛から抜けだせないでもがき苦しんでいることもよくあることです。

自分に素直になってプライドを捨てるということは、なかなか勇気のいることです。
その人の人らしさとか素晴らしさは、プライドの鎧をぬいだ時に初めて見えてくることではないでしょうか?
プライドは見た目は醜くても食べれば旨い、海老や蟹のようなものです。

「みずきゅうにしてつきをながさず」とでも読むのでしょうか?
~どんなに急流や激流であっても、そこに映る月は流されてしまうことがない~
私は、今までアチコチで散々流され続けてきました。
そろそろ先も見えてき始めたし、どこかに丈夫な杭でも見つけて流されないようにしがみついておきたいものです。
何事も、まずは自分を見失わないこと・・・その辺りからだったらはじめられそうな気がします。

2016-7:8:9改訂版

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