工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

手摺りの御札 

2015/12/30
Wed. 21:06

気がつけば2015年も残すところあと1日となってしまった。
残っている用事が多すぎて年内に全て終わらせることは物理的に難しいと思い始めた。
人のせいにするわけでもないが、絶対の確信を持ってエルニーニョのせいだけにはしたい!
とにかく、生まれてこの方、年末の30日に狭い境内の庭掃きをしなけれないけないなどと誰が思っていただろう。
たぶん、今は亡き憲正さん在職60年でこの時期に万善寺の庭掃除などしたことはなかっただろう。それほど中国山地のてっぺんのあたりは雪深いということだ。
今日はその庭掃きで軽く4時間を使った。
万善寺の庭には2本の松があって、その松葉が止めどなく枯れ落ちているから、毎日庭掃きをしてもキリがないということで、この庭掃除の辛さは寺の営繕作務をしている者にしかわからないことだろう。
それでも、ささやかな救いは、集まった松葉の焚き火が簡単だということ。
これがイチョウの葉だったりするともうそれこそ一日あっても始末に終えないことだろう。
イチョウの葉だけは、とにかくしつこく燃えにくい。
それだけ多くの水分を含んでいるわけで、そういうことをよく知っている古人が神聖な結界の境界神木と防火を兼ねてイチョウの木を選んで植えたのだと思う。
さいわい、万善寺にはイチョウの木が近くにないから助かっていると云えなくもないが、一方で、燃えにくいイチョウがイザという時の防火の役割を果たしてもいるわけだから、結界の中で暮らす身にとってはなかなか良し悪しの判断に苦しむところでもある。
もっとも、禅寺末寺の万善寺位だと火災から守るのは御本尊様くらいのもので、歴史の古文書などはじめから残されることもなく口伝されてきただけのことなので後腐れもなくすっきりしたものだ。

口ばかりが動くおかみさんの小言のような指示のようなアレコレを聞き流しながら作務を進めて、人心地ついた時はすでに夕方になっていた。
夜には年回の繰り出しもしなければいけないから夕食前にお正月の大般若経守護札を刷ることにした。
私が住職になる前は仏具屋さんの通信販売で印刷された御札を購入していたが、それも味気ないし、やっぱり、自ら気持ちを込めて一枚ずつ刷り上げた御札に守護印を押してお経と香をお供えしたほうが良いような気がしている。
木版の版木は、万善寺から少し北上したとなり町に暮らしていた職人さんにお願いしたもので、明治の頃に作られたものだ。
私の木版は、墨をすってそれに墨汁を少し加えたものをいつも塔婆書きで使っている太筆に含ませている。
バレンでゴシゴシ擦っていると、版木に当てた和紙を通して逆さまの文字がくっきり見えてきて、その時の印象で版の出来がわかる。
版木に張り付いた和紙を取る時のピリッとした緊張感が好きだ。
暮らしがどんどんお手軽になっていく昨今、こういう手造りにしかない味わいもそれはそれでいいものだと思う。

IMG_1630.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2196-5f581dfd
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-06