工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

春色無高下 

2016/01/07
Thu. 23:06

年末に喪中のお知らせを発送しなかったから、憲正さん遷化のことを知らない所からは例年のように年賀状がたくさん届いた。
それでも、あれだけ立派な本葬になったから、そのことを知っている関係者の中には年賀状を控える方もいらっしゃったようで、いつもより100通くらいは少なくなった気がする。

そもそも、年賀の挨拶と喪中がなぜ連動しなければいけないのか、個人的にはどうもそのあたりのいきさつが良く解っていないから旨い説明が出来ない。
むしろ、そこまで律義に堅苦しくモノを考えなくてもいいような気がしている。
一般に、在家で葬儀があった場合、49日までの七日法要の次に百か日という大事な法要がある。
これは、亡くなった方が迷わず仏になる為の修行が始まって最初の法要であるし、残された親族にとっても、悲しみ寂しさに浸り続ける自分の気持ちを切り替えて、日常の暮しを取り戻す為の節目の法要でもある。
その日を我々坊主は卒哭忌といっている。
「卒(そつ)」とは死することで、「哭(こく)」とは泣き叫ぶとかいう意味だから、だいたいどんな意味かは解るだろう。一方、「卒」は俗に卒業の卒でもあって、これは、一区切りつける意味も含まれていることになるから、とにかく、100日の節目を何とか乗り切っていきましょう!と励まし励まされることにもなる法要になっているわけだ。
万善寺は、ご本尊さんが千手千眼観世音菩薩さまだから余計に観音経を読むことが多くなっているのかもしれないが、中でも特にこの卒哭忌には観世音菩薩さまの救済が大きな意味を持つと教えられていたから、この法要に観音経は欠かせない。
チョット話がそれたけど、まぁ、そんなわけで、自分としてはこの百か日が一つの喪中の節目だと思っている。
年内に百か日の法要が終わっていれば、あとは普通の日常を暮すことになるのだから、年賀と喪中のお知らせは切り離して考えても良いことになる。
そうは云っても、やはり世間の通念もあるから、やたらと頑なに意固地になることもない。
毎日をグレーゾーンの中で都合よく暮しているから、年賀の挨拶もなんとなくしたようなしないような曖昧な状態で乗り切ろうと思っていたら、いつになくワイフが厳しく食いついてきて叱られた。
それでなくても1月の1カ月は山のような寺の寺務でアッという間に過ぎてしまう。
その合間をぬって、年賀状の整理をして返礼を用意したり住所の照合をしたりしているわけだから、そんなに急いでいるのなら自分で何とかすればいいことなのに・・・
普通だったら、前年の年末に全てが終わっている年賀の仕事量を、今年に関しては、まるまるこの1月に回してこなしているわけで、そんなにすぐにチャッチャとことが済むような訳にはいかないのですよ。
坊主正月も知らない間に何処かへ消えてしまって、おかみさんの相手もしないわけにもいかないし、ボォ〜ッと遊んでいるわけでもないんだけどね。
このところ、地球はどこかしら殺伐として人心が棘っぽくなっている気がする。
例の如く、YouTubeの「ききながら仕事」で年賀の礼状には、書道とも云えないレタリングだけど、心を込めて「春色無高下」と書かせてもらった。

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