工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雨の夜 

2016/01/17
Sun. 21:22

今週も万善寺3畳の書斎から仕事が始まった。
例の如く、ウエブラジオを聴きながら、まずは墨を擦る。
耐候性全天候型の墨汁が出来たら坊さん達は喜ぶだろうなぁと、墨を擦りながらいつもそれを思う。
自分に理系の脳みそが少しでもあったら研究開発してぺんてるとかサクラカラーへ売り込むこともできたかも知れない・・・などと、とろけた脳みそに妄想を描きながらひたすらセッセと墨を擦る。
やっぱり、塔婆に書く字は硯で摺った墨でないと、そのうち雨で溶けて流れてしまう。そういう墨を開発した何千年も前の昔の人は偉かったのだなぁと感心する。

2日ほど前に彫刻の用事で寺を出かけて、2泊したあと帰ってきた。
夕食は買い置きしておいた鳥皮に下味をつけて小麦粉をまぶして唐揚げした。皮だけで唐揚げに十分なほどの油が出る。それと野菜炒めを味を変えて2種類作り置きしておいた。
最近のおかみさんが自分で作る料理は、もうとても料理として食べられるものではない。自分が一人の時はそうやって何かよく訳のわからないものをゴチャゴチャと煮込んだりしている。だから、今年に入ってから時々寺で何泊かして、その間に肉や野菜を使ったおかずを少し多めにつくっておく。おかみさんは、私がいない間にそれを使って煮たり混ぜたりして自分でおかずを造った気になって食べている。たぶん、味覚もかなり退化していると思う。毎朝つくるみそ汁も、時々とんでもない食材が入ったりしていることがある。先の大戦を乗り越えた頃の食材のもったいなさが甦っているのだと思う。
憲正さんはモノが食べられなくなるまで、とにかく好き嫌いなく何でも旨い旨いといって食べていた。おかみさんがそういう憲正さんを相手にして料理らしきものをつくっていた時はとても幸せだったのだろうと思う。今は、その張合いもなくなって毎日の目標もなくて淋しい暮しをしているということがとてもハッキリと伝わってくる。
彼女との付き合いもこの1〜2年が限界だろう。
老化するということに感情で対応しても限界がある。やはりいろいろな条件や変化を客観的に判断してその時々の出来事にクールに対応していくしかないと思う。

25日までに納品の仕事がひとつある。その準備が大体出来たから、あとは気持ちと身体をそちらの制作の方へ少しずつ切り替えていく。ちょうど今シーズン最大の寒気で天気が大きく崩れるらしい。つくるものの大きさは6畳の工場で出来る程度のものだから助かる。
おかみさんはこれから一週間ほど一人暮らしになる。
工場の仕事が片づいたら、節句や立春があって今年は少し早い初午祭も近づく。
寺の仏事がしばらく続くうちは、さり気なく彼女の様子をみながら同居できるが、それも長くは続かない。自分は1人しかいないからこういう時に身動きが着かない。
今度の日曜日は、久々にお菓子でも買い込んでお得意さんを回ってみようと思う。
もう1年近く不義理をして疎遠になっているから、これから先の仕事も回ってこないだろう。それでも、何もしないよりは自分の気も収まるし、久しぶりに面白い話でも出てくるかも知れない。
そうそう・・なっちゃんが帰省する。東京は雪らしいし、さて、飛行機が飛ぶかな?

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