工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ペット 

2016/01/21
Thu. 23:55

1月に入って連続して石見銀山で暮すようになってそろそろ一週間が来る。
といっても、昼間はほとんど外出しているから居ても居なくても変らない程度のことだけど、何が違うといって、ネコチャンズがオヤジにさり気なく寄り添って1日の疲れを癒してくれること。これがあるとないとではまったく違う。
「ネコってねぇ〜、体臭が薄いからいいのよ!犬って一緒にいると結構くさいじゃない!その点、ネコは臭わないから一緒に寝てても気にならないの!そういうところがいいのよ!」
ほんの3年前までは「ネコはどうも好きになれないわ!やっぱり犬が可愛いわよ!」などと力説してたのはいったい誰でしたっけ??
変れば変るものだと見て見ぬふりでいるが、この3年の間に吉田家のマイワイフはコロッと猫派に変ってしまった。
私の方は一人暮らしをはじめて、上京して4〜5年経った時はすでに美人ネコのタマちゃんと同棲していたからね。もうかれこれ40年近くは猫派を通している。
その間に犬と暮していたのは19歳と10カ月で永眠したシェパ君と、寺のおかみさんに虐待されつつひたすら耐え忍びながら16歳で生涯を終えたポチくらいのもの。
体臭が強いとか弱いとかという、その程度のことで好き嫌いが決まるっていうのも、当事者の犬や猫にとってはなかなか厳しいよね。もっとも、彼等の方でも人間の好き嫌いがちゃんとあってそういう付き合いをしているから、まぁ、似たようなものか・・・

私の今までの生涯で、一度だけお金を出してペットを買ったことがある。
それは、まだ高校生の時に暮していた松江のペット屋さんで売っていた文鳥。買った時はすでに手乗りにしつけられていて、人見知りをすることもなく、すぐになついてくれた。
松江から寺へ帰る時は、手ごろな大きさの段ボール箱に入れて、それをまたかばんに入れて路線バスに乗った。
寺の庫裏は天井がやたら高いから、6畳に放してやったら喜んで飛び回った。
冬休みに寺へ連れて帰って、炬燵に入って文鳥を放してやったら、いつものようにしばらく飛んでから箱の中に戻っていった。
冬休みの間中、そういうことを毎日くり返して時々手乗りで餌をあげたりしていたが、ある日の夜、いつものようにひとしきり遊んだあとに箱へ入ったので、その横へゴロリと寝転がったちょうどその時・・・文鳥が箱から出て私の背中の下へ入り込んだ。
時すでに遅し・・・飼い主の私が文鳥を圧死させてしまった。
その夜は、悔やんでも悔やみきれない悔しさもあって、死んだ文鳥を手の平で温めながら泣き通した。
高校生にもなって恥ずかしげもなく、ひたすら泣き続けた。

そういうことがあったからだというわけでもないが、それ以来、もらったり拾ったりすることはあっても、お金を出してペットを買ったことがない。それから、もう一つ・・しつけはするが芸を仕込むことはしないと決めているようなことがある。
いくらペットでも、同居をするにはお互いに一歩引いて必要以上に相手の領域へ踏み込まない程度の付き合いの方がいいこともある。

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