工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

大寒波襲来 

2016/01/23
Sat. 23:58

早く起きなきゃなぁ〜〜・・・と思いつつ、朝寝坊をむさぼっていたら、「正ちゃん、7じぃ〜!」それでも、布団に潜り込んでゴソゴソしていたら、「正ちゃんごぉはぁんん〜〜〜!!」これで無視していたらあとが恐いと分かっているから起きることにした。

キーポンが帰省することに決まって、米子まで迎えに行くことにした。
何故米子かというと、境港に近いから。
境港というと、カニですよ。松葉ガニ・・じゃなくてズワイガニ。
今度のシーズンに入って3回目のカニの機会が巡ってきたわけです。
キーポンを迎えに行くという口実で、カニを食べようというネライがあるわけですよ。

巡り合わせというものは、色々それぞれあるわけで、今回は40年に一度という大寒波がやってきて、その真っ最中に裏日本の日本海の沿岸を大寒波に向けて早朝から走ることになったわけです。
結界君はそれでなくても華奢で軽いから、先日のような台風以上の突風をまともにうけると、ひとたまりもなくコロッとひっくり返ってしまいそうなので、今回は灯油缶5つにたっぷりと灯油を満タンにして、それをリヤデッキに積み込んで重しにした。
これで少しは結界君の揺れも軽減できるだろうと判断した。

7時半に石見銀山を出発して、途中でコンビニコーヒーを仕入れて、チビチビやりながら米子へ向かった。贅沢に使った山陰道を降りたところでキーポンから電話が入った。もう米子へ到着したようだ。
寒波が来ているはずなのに米子まで雪も降らないまま過ぎた。
それから境港でカニを仕入れて松江を経由して昼過ぎには石見銀山へ到着した。
昼ご飯を食べてそのまま工場へ直行。

夕方、日が暮れる頃になって電話が入った。
「今日の午後2時過ぎにうちの家内が亡くなりまして・・」
万善寺から3番目か4番目に近いお檀家さんからの電話だった。
奥さんは、いまから10年以上前にくも膜下で倒れて、その後の救急治療で一命をとりとめたものの、意識がしっかり回復しないまま心臓の強さで生き長らえて今に至った。
奥さんが倒れてからあとの、ご主人の献身的な介護人生は近所でも評判になった。
数年前に100歳を越える長寿の実母のお母さんを看取り、そして今度は奥さんが逝った。
ご主人の今までの人生は想像を絶するほどの厳しい毎日だっただろう。

枕経を読みに銀山街道を登った。
大寒波襲来のはずなのに、雪はない。
銀山街道が出雲街道へ合流するあたりからワダチのあとが見えるようになった。
それから5分も走らないうちに、いっきに雪世界に変った。
1時間ほど枕経をお務めして、葬儀の寺務を打ち合わせしている間に、ドッサリと雪が積もった。やっと大寒波が赤来高原まで到着したようだ。

IMG_1743.jpg

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