工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

暮しの都合 

2016/01/29
Fri. 19:31

朝のうちに初七日のお経を読みに出かけた。
最近は、喪主さんやご親族の都合で、葬儀に引き続いてそのまま初七日を済ませることが増えている。
このあたりの仏事になると、ことの意味が重要であるというよりも、儀式仕来り様式に重たい意味が移ってしまっているようで、坊主の身としては、複雑な思いをもってしまう。
そのうち気がつくと、世間のほとんどが自分に都合の良い様に拡大解釈をして上手に見た目の工夫を繋ぎ合わせて取り繕って済ませていたりして、知らない間にそういうことが当然の常識のようにすり替わってもっともらしくハウツーで取り上げられたりしていたりする。この世に生きて日々暮していることの方を大事に思ってしまう当然の行為なのかもしれない。
私の場合は、結局はナンチャッテ在家坊主の領域で家業を引き継いでいるようなところでもあるから、宗教家としての信念を持って時々の仏事に向き合うほど清いわけではない。
せいぜい、私ごときレベルの坊主でも「こりゃぁ〜ちょっとおかしいだろぉ〜」とチラッと思ったりするようなことがあると、そういうときはそれなりに少しばかり本気に踏ん張ってしまうことも多少ある程度だ。

万善寺のお檀家さんの一軒が九州に暮していらっしゃる。
九州と寺関係で縁があるというとその一軒だけで、あとは、すべて吉田個人の付き合いや九州のアチコチに在住の彫刻家ばかりになる。その彫刻つながりの作家のお姉さんが大牟田で暮していらっしゃる。このたびの寒波到来で、大牟田市の水道が甚大な被害を被ったようだ。3日間断水が続いたらしい。
たぶん、その具象彫刻作家も断水の被害に直面して大変な思いをしたことだろう。
島根の山奥の万善寺のあたりは、毎年のように冬の厳しさとつき合っているから、習慣の如く時々の状況に応じて暮しを工夫しながら対応している。たとえば、水道管が凍ってまいそうな時は蛇口を緩めて少量の水を流しっ放しにするとか、冬支度でむき出しの配管へ発泡スチロールを巻き付けるとか、そういうことをこまめに毎年くり返している。
万善寺もおかみさんが蠢きながらそういう手当てをしている。残酷なようだが、私は見て見ぬふりでその場をしのいで、彼女が見落としているところを手当てするようにしながら寺暮らしを維持している。今回は、少し手遅れになって、廃棄した洗面所の配管が裂けた。これは、私の失敗だったが、まぁ仕方がない。それより、どうしようも方法がなくて運を天に任せるしかないのが水洗トイレ。こればかりは、元栓を閉めて乗り切るしかないが、そうすると年寄りのおかみさんが用を足すのに困ってしまう。
大きな時代の変革の中で、人々の暮しがどんどん便利に楽になっていくようでも、ベーシックなところでは、時々の自然の脅威に対抗できる方法を用意できないまま見て見ぬふりで過ごしていることも多い。
七日務めを人の暮しの都合で楽に過ぎることはそれで水道管の破裂のようにドタバタ大騒ぎをするようなこともないだろうから、仏事ごときは、まだマシな方なのかもしれない。

初七日で出かけている間に、寺の近所のお檀家さんがユンボで雪かきの身施を寄進していただいた。有難いことだ。合唱!

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