工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雪模様 

2016/02/01
Mon. 19:36

夜半をすぎた頃から底冷えが厳しくなって、万善寺のロフト部屋が寒くなってきた。
正確に測ったことはないが、外気よりは2~3℃くらい高いはずだ。それでも寒くなって目が覚めたから、電熱式の敷き毛布の温度を少し上げて2枚重ねのシュラフに包まって体勢を整えて再度寝ることにしたのだが、なかなか寝つけない。部屋の中でも吐く息が白い。
ヒョッとしたら雨が雪に変っているかもしれない・・そんな気がした。
朝の一斉放送で目が覚めた。最近毎日のように節水の呼びかけをしているが、今朝もその放送だった。
初七日の法事の時に参列されていたご親族の一人が、自宅の隣の空き家の漏水を見つけて通報されたのだそうだ。その空き家は、たまたま鍵を隣に預けて管理をお願いしていらっしゃったから漏水の発見も早かったということだ。
万善寺の周辺は、この数年間で急速に空き家が増えている。保賀の集落だけでも空き家が5軒あって、そのうち1軒は昨年末からのこと。他にも、空き家にはなっていないが冬期の数カ月を留守にする家もあるし、高齢世帯では冬期だけ介護施設へ短期入居する家もある。万善寺は、おかみさんが頑固に庫裏へ住み続けるから、結局私が仕事を不自由にして同居することになってしまう。そのこともあって、漏水の点検もこまめに出来ていることになるし、やはりどんなに不自由でも家を空けたり留守にしたりすることはあまり良いことでもないなとも思う。よく、空き家にするとすぐに家が傷むというが、それだけでもなくて一軒の空き家で周辺の地域にまで被害が広がるという厳しい現実も生じることになってしまう。

いずれにしても、万善寺の周辺は雪模様の天気になったから、午前中は3畳の書斎にこもって停滞している寺務をまとめた。県の宗務庁から寺院の寺歴に関する書類提出の要請が届いていたのだが、万善寺に残る書類にはそれらしき内容を一括してまとめたものも見当たらないし、かろうじて予測できる資料があるとすると寺の過去帳に記載されたモノくらいのものだった。他には昭和に編纂された町史に万善寺の事が少しだけあって、それを手がかりに歴代住職の足跡を問い合わせながら私で出来る限りのところまでを数カ月かけて整理した。それでも何処かで整合性に欠けるようなところがあったりもするのだが、そのあたりのことは見て見ぬふりでスルーする事にした。
嘘か真か万善寺は600〜700年くらいの歴史があるようだ・・・
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龍雲山 萬善寺(万善寺) 曹洞宗 寺歴
本尊様:千手千眼観世音菩薩 (推定制作年:室町時代以前の作と調査推定)
鎮守神:荼枳尼天      (妙厳寺 豊川稲荷大明神より勧進分社遷座、由来歴不明)
伝承由緒:琴弾山山頂42坊中の一坊
三善秀清の発願・・・寺名の由来は秀清が万善寺殿と称されたことによる
三善秀清の系譜・・・応神天皇の後胤(こういん・子孫)三善清行の末裔、石州佐和氏の血脈
山号由来・・・・・・ニ世潭水雲龍による曹洞宗改宗を伝承して龍雲山と称す
本寺・・・・・・・・花谷山 千手寺(現広島県東城、元は現美郷町九日市花の谷)
開基:玉峰慶琮(ぎょくほうけいそう)大居士 三善秀清 万善寺殿と称される 
                      入寂 : 永和元年(1357)10月28日
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