工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

仕事をしない 

2016/02/02
Tue. 11:47

その話を聞いたのは、たしか彫刻のことで何人かが集まって、会議というほどのこともない打ち合わせのようなことを終わって解散してからあとのことだったと思う。
こうみえても、私が島根県へUターンして約20年ほどは比較的真面目で堅い公僕に近いような仕事をつとめていた。
その時の同僚で私の上司格の人が病気で亡くなったという。歳は私より少し上だと思うが、それほど大きく離れているわけでもなかったはずだ。
特に親しい付き合いでもなかった。それなのにその人は、私のことを時々話題にしていたらしい。
自分で自分のことを悪く云うのもどうかと思うが、あの20年間はどう考えても自分の生き甲斐と感じて仕事に取り組むようなことがなかった。当時の関係者にこんな告白を聞かれてしまうと烈火の如く叱られてしまうだろうが、時すでに遅しで今さらあの頃の過去に戻ってやり直すことも出来ないしどうなるわけでもないことだけど、とにかく、常識的に分析すると、職場では「仕事をしない」部類の人間だったように思う。
そんな私のことをその人は「忍耐強い人」と認識していたようだ。
私の何を見てそう感じていただいたか今では聞き返すこともできないが、どう考えても、そのような認識は大間違いであったわけだ。

「仕事をしない」ということと「仕事ができない」ということでは、当事者の立場の違いで大きくその本意が変って解釈されると思う。
私は、自分が受動的立場で仕事に対してしまうと、「できるできない」という客観的な能力より、その仕事を「したいしたくない」という主観的な意識を優先してしまう。自分が能動的立場で眼前の仕事に対する時とはまったく意識の意味が違ってくる。言い換えるなら、組織の中の一個人として、ワザワザ自分がその「仕事をしない」でも、別にもっと適任がいるでしょうと都合よく思ってしまうわけだ。そうやってのらりくらりしている間に、組織の方はあいつは「仕事ができない」ヤツだと思うようになってくる。いちどそういうラベルを貼られると、次に「役にたたない」ヤツだということになって、組織に「必要のない」ヤツになって、「居なくてもいい」厄介なヤツになる。だから辞めたと云えなくもない。

こうして、厚い雲に覆われて一面雪に囲まれて、かろうじて結界君を境内下の駐車場まで上げることができるほどの閉塞した暮しを続けていると、しだいに「仕事をしない」という自分に危機感を覚えるようになってくる。
あれだけ自分の意志を持って「仕事をしない」でいたはずなのに、不思議に「仕事がしたいのに仕事ができない」と思うようになってくる。
最近、何かにつけてイライラが続くし、自分の顔から笑顔が消えた。一人でいて一日中ひと言もしゃべらないで暮すということにはそれほど苦痛も危機感も感じないのに「仕事がしたいのに仕事ができない」自分がいるということを苦痛に感じはじめてきた。
面白いものだ。人間なんて弱いものだ。
そろそろおかみさん用にお昼ご飯をつくる時間になってきた。まぁ、それも仕事か・・・
昼からは、「立春大吉」のお札配りで地域のお檀家さんを巡回しようと思っている。

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