工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

冬の夕日 

2016/02/02
Tue. 21:09

久しぶりに夕焼けを見た。
日本海に沈む秋の夕日とはくらべものにならないが、それでもそれなりにキレイだった。
三畳の書斎に射し込む斜めからの西陽がふくらはぎを照らして熱い。

おかみさんに昼食を作って、午後から立春大吉のお札を配った。途中、工事で通行止めがあって大きく迂回したり銀行を回ったりしていたら時間切れになって寺へ引き返した。
とにかく、冬のこの時期の外出は大正生まれのおかみさんにとっては心配の妄想が膨らんで収拾がつかなくなる。現代の現実を無視した前時代の妄想につき合うのも骨が折れる。

夕日のおかげでポカポカと暖かいし、これからの仕事といえば本尊様へ香をお供えして万善寺の割れ梵鐘を撞くくらいのものだから、なんとなく気持ちが緩んでしまった。
面白いことだ。冬らしく雪が降って寒かったりしすると、身も心もそれなりに緊張して色々敏感に暮すようになるが、こうして、気候が緩むと自分の心身も途端に都合よく楽な方へ順応してしまう。そういうことは、私だけにかぎったことでもないらしく、固まった身体でヨチヨチと暮すおかみさんも似たようなもので、夕方になってからやたらと無駄に世話を焼きはじめた。ノンビリとくつろいで、エド・シーランを聴きながら三浦しおんの短編を読んでいたら、風呂が沸いたから早く入れとひとの都合を無視してしつこく絡んできた。寺暮らしにとっては掛け替えのない貴重な至福のひと時だったのに、見事に乗っ取られてしまった。

それでも無理やり読みかけの短編を最後まで読み切った。
おかみさんが風呂に入っている間に夕食を作った。
数日前に買っておいた鳥のもも肉が手付かずで残っている。このままにしておくと結局冷蔵庫で手付かずのまま腐るばかりだから、いつもより気合いを込めて料理にまわした。エド・シーランの軽めの楽曲が自分の気持ちを少しばかり盛り上げてくれていたようだ。飲みかけの野菜ジュースのパックがあったから、もも肉をそれで煮込むことにした。一口サイズにぶつ切りしてブラックペッパーをまぶしてハーブソルトで揉んでから小麦粉を軽くふりかけてしばらく放置。深めの鍋を温めながらガーリックバターを溶かし、オリーブオイルを少し足してそれが跳ねはじめたところでもも肉投入。表面に焼き色がついたところで肉が隠れるくらいまでたっぷりと野菜ジュースを注ぐ。とろ火でぐつぐつ煮込みながらトマトケチャップと醤油を少量加える。ジュースの間延びした甘ったるさがこれで若干引き締まる。おかみさんが風呂から出るくらいまで焦がさないように様子をみながら水気をとばす。風呂の方でガタゴト音がしはじめてから別鍋で沸かしていた熱湯にそうめんを2〜3束投げ込む。サッと茹でて湯切りをしたそうめんをジュース煮込みの肉鍋に投入。このそうめんの塩加減が微妙なところでちょうどよく肉に絡んでくれる。キャベツ主体の生野菜を皿へ装ってそうめんを盛りつけて肉を上に添える。これで、夕食の出来上がり。あとは、それに簡単な2品をサッとつくっておかみさんの前に並べた。
モタモタと寝巻きを着終わったおかみさんが壊れた冷えない冷蔵庫から1週間前のコロッケを引っ張り出して、せっかくつくった今夜のおかずを絡めて食べはじめた。
麦とホップがイヤに不味く感じた。あぁぁ〜〜むなしいぃ〜〜・・・

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