工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

立春 

2016/02/04
Thu. 20:52

毎日通勤坊主が続いているが、今年に入ってからは万善寺から石見銀山や工場などへ出かけて万善寺へ帰るという、今までとは真逆の通勤坊主をしている。
現状では山寺を専業で維持することなど到底無理な話なわけで、何か副業でも見つけないと家族の暮しどころか自分の国民年金や国民保険を上納することなど夢のようなことだ。現実は決して甘くなくて、いつ葬式が入って急に休むかわからないような人間を雇用するところがあるわけもなく、結局個人営業か何かでコツコツと日銭を稼ぐか、家族身内の働きにすがるくらいのことしか選択肢が無い。
ようするに、そういう暮しはヒマだけはやたらと豊富に充足しているということ。
寺に暮していても今のような冬シーズンは何もしないで物思いにふけったり、本を読むなどして趣味に走ったりするくらいのことしかない。1カ月の寺暮らしで、法事などの仏事で大衣のお世話になることなど5日とないから、やはりダレがどう考えても工場で働いてクラフトでも生産していた方がささやかなことながらまだ眼前の希望がチラリとくらいは見えてくる。そう思って寺から40分くらいかけて通勤しているわけだが、それも結局燃料の垂れ流しと時間の無駄な消費に繋がっているわけで暮しの改善になるどころか暮しを泥沼に引きずり込んでいると云った方が正解!
立春の日・・・万善寺住職は悶々と悩み多き一日を過ごしていたわけです。

今年は2月の6日が初午祭にあたるから、その御案内を配ってその後の法事の席で初午に関係のある豊川稲荷や荼枳尼天(だきにてん)さんの話題になった。
そもそも、「豊川稲荷さんってなぁに?」などと質問されたりしたので、それはこうだとかあれがどうだとか簡単に摘んでお答えしたら、ひどく感心されて「方丈さんは物知りですねぇ〜。感心します!」などと真顔で持ち上げられてチョット困った。普通、禅宗の坊主だったらダレでも知っているような「坊主の常識」というか「坊主の知識」程度のことで感心されても、ウレシイとも思わないし、逆に恥ずかしくなって照れてしまった。
簡単に「常識・知識」といっても、住む世界が違うと「常識・知識」もそれぞれにあって、結局は世間には「知らないこと」の方がズッとたくさん存在している。
坊主の世界でのあたりまえも、宗派が違えばそれでまた分からないことがたくさんあるし、職業が違えば、その世界でしか通用しないことがたくさんあるだろう。
「知る」とか「知らない」とかいうことは、結局は、知力と知識の違いで大きく左右されることなのではないだろうか。
知識が豊富な人が偉い人であるとは云いにくい。本当に大事なことは、知るということに対する総合的な能力がすぐれているということだと思う。
立春大吉のお札を持って寺と石見銀山の途中にある知人の陶芸家宅を訪ねた。
「受験勉強でいくら良いデッサン描いてても、だから絶対良い学校へ入れるわけじゃないんだよね。目で見たものがそのまま指先を通って紙に写されるだけじゃダメだよ。やっぱり、大事なのはその人が自分の頭でどう解釈してどう考えてどう表現しようと思ったか・・それでしょう!それがないと、ダダの上手なデッサンだというだけの話だよね」
まさに、ごもっとも同感でありまして、久々に熱っぽく造形美術の話題で盛り上がった。
初午祭にしても、デッサンにしても、知識だけでどうこうなるものでもない。自分が何を考えてどう意識して如何に伝えるか・・それができるかどうかだね。

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