工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

薪ストーブ 

2016/03/03
Thu. 13:34

「私だけになったら、薪ストーブはもう無理だからね!」
ワイフにそう宣言されて、もう何年か経つ。

そういう状況とはどんなことかと考えると、私が何かの病気で倒れた時とか、老人になって足腰が動かなくなって薪づくりが出来なくなった時とか、コロッとある日突然御陀仏になった時とか、それに、自堕落なオヤジに愛想がつきて三行半を突きつけられてしまった時とか、まぁ、おおよそそんなことになったら、薪ストーブも廃棄されてエアコン暖房に切り替わってしまうということでしょう。
自然環境にとってはその方が良いのかもしれないし、老体にむち打ってわざわざ不便に苦労することもないだろう。
今どきのことだから、毎年シーズンになると、嬉々として薪割りをしてストーブをメンテナンスして屋根に上って真っ黒になりながら煙突掃除をするなどということそのものが、世間の目を通すと趣味の世界で楽しんでいるようにしか見えてこないのかもしれない。
それもまんざら間違いでもないが、私としては時代に対しての昭和のオヤジのささやかな抵抗くらいの気持ちでいるようなところもあるのです。
実は、そう思ってしまうところの根拠のようなものがある。

私が少年時代の万善寺は、周辺の寺院の中でもまだまだ元気に寺業が運営されている時代で、寺の営繕を生業に夫婦一家で移住していただくようなこともあった。その世帯主のおじいさんがまだおじさんだった頃、少年の私は、彼が寺の山に入るたびに自分の都合をつけて一緒にくっついて山へ入っていろいろなことを教えてもらっていた。山の営繕は山の恵みの収穫にもつながった。春の山菜からはじまって秋の各種茸までとにかく山からの収穫はきりがなかった。
冬に入る少し前に、寺の山の斜面へ近所から掘り出した粘土を集めて炭焼きの窯をつくる。だいたい1回の窯で寺で必要な1年分の炭をつくる。炭にする木を切り出して寸法を整えて窯に積めて火入れをしてそれから普通に3泊4日くらいかけて炭焼きをする。ある程度窯に火が回ると入り口を粘土で塞いでいぶし上げる。それから1週間くらいしてから炭の窯出しをする。背負子に背負って何往復もして庫裏内の納屋へ運び入れたり、座の下へ敷き詰めて活性炭がわりに使いながら保存する。そんな一連の山仕事のたいした手伝いにもならないのに私も少し大きくなると窯を囲って立てた掘っ建て小屋で一緒に合宿するような時もあった。おじさんは火の番をしながら一杯が二杯三杯に進んで機嫌が良くなって饒舌になると、炭をつくるために山の木を間伐するから、山が育って山のものが収穫できるのだという話を、色々ネタを変えながら少年の私へ聞かせてくれた。山の下草もそれほど無駄に茂ることもなく、適度にクマザサもはびこるくらいの状態を維持できると、秋の落葉がいい感じで斜面の腐葉土に変って木の実も良く育つ。
「このあたり一帯の山は、自然が残っとるようなところはひとつもないけぇねぇ〜。隅から隅までどぉ〜っこも人の手が入っとるけぇ良い山になるンよ!」
聞くところによると、嘘か真か、そのおじさんは、若い頃島根半島の出雲大社の近所の山へ入っていたらしい。今では代も変っているからおじさんの前身を知ることも叶わないが、人が山で汗を流すことがどれだけ大事なことかということはわかる気がする。

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