工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

泰山木 

2016/03/05
Sat. 23:40

石見銀山から東に向かうと、国道をだいたい20分くらい走ったところで山陰道へ乗ることが出来る。
そこで自動車道へ乗ってしまうと、キーポンが通っている学校の近くまで下道に降りないまま辿り着く。
ひと昔前は、自動車道など無かったから、だいたい5時間はかかっていたが、こうして山陰道が伸びてくれたお蔭でノンビリと走って3時間もあれば楽に到着できるまで時間の距離が縮まった。

キーポンがお世話になっている学校の寮まで彼女の冬物の荷物を取りに来た。
それと同時にワイフが三者面談の時間を指定してあって、私はその待ち時間で学校の構内を少しばかり散歩した。学校はもう春休みに入っているから学生の姿もまばらで閑散としている。良くは知らないが、学校そのものは結構昔からあったようだが、校舎の方は現在の場所へ統合して新しい。空が広がって、いかにも田舎ののどかな学園風景になっている。校内の街路樹や小さな憩いの場にある樹木も、ほとんどが新しく整備された時に植栽されたようで、樹形に幼さが残っている。学生館とある建物は、たぶん学校の総務部や教務部や入っている管理棟のようなものなのだろう。その前にある小さな公園には、落葉松や欅の若木が植えられていて、それらの中に1本だけ泰山木があった。
泰山木は常緑で冬でも青々と葉を茂らせているから、先ほども、その葉影に入ると吹き抜ける風の冷たさがひときわ身にしみた。
まだ若い木だから花が咲くまでにはもう少し年月がかかりそうな気もする。
この泰山木に似た木で(学術的には同系なのかもしれない?)木蓮がある。
何故か今まで、私はこの木蓮や泰山木を行く先々でよく見かけていて、何かしらの縁があるような気がする。
木蓮は寺の境内の端にもあって、毎年春に花を咲かせる。花の香りが境内一面に拡散して、本堂の線香と競う。結構香が高いから小さい頃から「あれが木蓮だ」とか、「アノ匂いはきっと木蓮の花が咲いたな」とか、春を感じるには十分の刺激になっていた。泰山木はたしか、木蓮の少しあとから花を咲かせていたと思うが、単なる私の勘違いか、島根の環境の都合だけなのかもしれない。
吉田家の長男と末娘が卒業した高校には泰山木の朽ちかけた古木があって、これがそのあたりではとても大事な時代の象徴として大切にされていたし、学校の機関誌の書名にもなっていた。
石見銀山に移住した時も、その町の中心にある明治新政府が建てた旧裁判所の前庭に泰山木の古木があった。こちらの方は、明治の植栽が成長してそのまま古木になったもののようで、時代の証明としては大事な遺産のような気がしていたが、石見銀山が世界遺産に登録されると前後して、管理上の都合が悪くなったのか、まだ花を咲かせていたのにあっけなく切り倒されて切り株も掘り返されて跡形もなく更地になった。
最初は人の身勝手な記念樹程度で植樹されたものなのだろうが、その後の時代の流れで生き残る事もあれば死に絶える事もある。
私が公共彫刻に手を出さないのは、あの泰山木のように自分の彫刻をそういう時代の都合の遺物にしたくないからだ。

IMG_1984.jpg

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