工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

「ごめんなさい」と「ありがとう」 

2016/04/02
Sat. 12:35

高速バスを降りたら、膝が固まっていてしばらく歩くことに苦労した。
これから一週間は東京暮らしだから、セッセと歩いて膝を鍛えようと思う。

乗車中は、乗務員休憩を2回ほど覚えている程度で、後は比較的よく寝た。
都合、4時間は確実に爆睡していたはずだ。
その間に、怒濤のいびきでもかいたのではないだろうかと、チキンオヤジは不安で恥ずかしくて伏せ見がちに小さくなっていたが、周辺のお客さんからの冷たい視点が投げ掛けられることもなく過ぎたので、おおむね静かに寝ていたのかもしれない。

東京駅の八重洲口に到着してから電車を乗り継いでワイフの実家へ着いたのが朝の9時だった。
昨年の秋以来の再会になる怜子さんは、あいかわらず元気だった。
頭も身体もシャンとしていて、寺のおかみさんとはくらべものにならない。
やはり、老人にとっては周辺からの刺激があるということが一番の元気のもとになっているのだということがよく分かる。
近所付き合いもそうだし、友達付き合いもそうだし、趣味やレクリェーションの付き合いも幅広く、一週間のほとんど外出して過ごしているほどの活発な暮しが、元気のもとになっているということは間違いない。怜子さんを見て、つくずくそう確信した。

島根を出発する日に、少々ややこしい事情の檀家さんからの相談を受けていた。
そのことで高速バスに乗車する寸前に着信が入って電話口のおばあさんとしばらく喋った。
東京駅から電車に乗って移動中に、また着信が入った。
怜子さん宅で少し落ち着いてから返信すると、昨夜の話しの続きだった。
人が歳をとるということは人それぞれ色々に違うふうに歳をとるということがよく分かる。
老人は、一人として同じように歳をとることがないような気がする。
面白いもので、私もそうだが、そういう老人をかかえている家族のほうは、だいたい何処でも似たり寄ったりの対応をしてその家の老人と付き合っている。
このところよく電話でお話をしているおばあさんも、同居の娘さんは、セッセとお話が続くおばあさんの横ですまなそうな表情を私に向けながら時折苦笑いを浮かべつつ「それはもうついさっきお話されましたよ・・・方丈さん、もう、ご存知のことだから・・・」とかいって、興奮気味のおばあさんをなだめ静めていらっしゃる。
そのおばあさんおように、「ハイハイ、それはごめんなさいね。歳をとるとねぇ〜、こういうことがわからなくなって・・・」と、自覚もあって、ちゃんと謝ることが出来ているうちはまだいいが、寺のおかみさんのように、お礼や労いの言葉一つ出なくなってしまうと、なかなかやっかいなことになる。自分の息子である私は、自分の言動の自由をことごとく阻害する極悪人にしか見えていないようなところがあって、そのくせ、しばらく小康状態が続くと一人でいるのが淋しくなって息子に我侭を言いはじめて甘えてくる。

「ごめんなさい」と「ありがとう」が自然に云える老人は偉いと思うし尊敬する。
万善寺の前住職憲正さんは、死ぬまでそれを云い続けて生きた人だった。

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