工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

椿の古木 

2016/04/12
Tue. 20:48

いつの頃からか弱って、いまひとつパッとしないまま、冬の雪の重みで腐った太い枝木が次々と折れてみすぼらしくなっていた椿の古木が、今年は狂ったように真っ赤な花を咲かせている。

おかみさんが年に数回ほど境内にまいている枯葉剤の農薬が長い年月で庭木の幾つかを弱らせている事は、たぶん間違いないと思っている。
椿の前は、本堂東にあった椎の巨木だった。桜が跡形もなく枯れたのはその前くらいで、またその前に生死の境を彷徨ったのが百日紅だった。いずれも私が学業で万善寺を離れてから後のことだった。その後ほぼ枯れていた百日紅は、私が島根へ帰って子供が生まれて、まだかろうじて花を咲かせていた枝にブランコをつるした頃から少しずつ甦って、夏になると細々と花を咲かせながら今に至っている。立ち枯れは回避したものの、残念ながらしばらくしてブランコの枝は枯れて折れた。百日紅が弱った少し後から、境内の2本の松が瀕死の状態になってしまった。その年の夏の終りから秋の初めにかけていっきに松葉が紅葉して落葉した。その時も、おかみさんは原因が自分の散布し続ける枯葉剤農薬だとは全く気付かないまま、お盆前の庭履きの手間を軽減する目的でセッセとまきつづけていた。
前住職が遷化したのが昨年の6月で、おかみさんはそれでいくぶん気落ちでもしたのか、境内の手入れを全くしなくなった。私の寺暮らしが増えた事で、境内の営繕が頻繁になったからかも知れないが、とにかく庭草がすぐに伸びて、本堂と庫裏のグルリを西から南東北と移動している間に、また西の草が伸びているという状態で、夏から秋にかけては雑草の後を追いかけながら草取りをして暮した。
今こうして満開の椿の古木を観ていると、昨年の私の境内営繕の成果かも知れないと勝手に思ってしまうようなところが無い訳でもない。

今日は朝からおかみさんの通院につきあった。
前回の定期通院でドクターの助言もあって、病院を変える事をやっと承知してくれた。
それで、今回は初診扱いになって憲正さんが通いつづけていた病院へ連れて行った。
4月から新任のドクターは女医さんで、彼女がおかみさんの主治医になってくれた。
おかみさんの止めどない長話に延々とつきあってくれて、そのわりにあまり多くを語らないまま、診察の間中とてもいい感じで年寄りにつきあってくれた。
息子の私としては、前の主治医のように年寄りを相手にやたらと専門知識を語りつづけ、脅しをかけて摂生を則すようなタイプの人だったらどうしようとドキドキしていたが、受診のしぐさを通しておかみさんの脳の認知度をおおよそ把握して、心配を誘発しない程度の助言に留めてもらったことがとてもありがたかった。
それでなくても、偏屈な健康オタクのおかみさんへ、「肉はだめだ!」とか「塩分は控えろ!」とか云いはじめたら、三度の食事で食べるものが無くなってしまって、いっきに栄養失調!・・・息子としては、それが心配だった。
メデタシ!ということで、島根和牛と地元豚と新タマを焼き肉でふるまった。
「花が落ちて庭が汚れてやれんがの!」
結界君の助手席から元気に満開の椿を観て、おかみさんがそうつぶやいた。怖い怖い・・

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