工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

通勤坊主の日々 

2016/04/23
Sat. 02:49

連日通勤坊主が続いている。
毎日の事だから万善寺で寝ればすむ事なのだが、なかなかそう簡単にことが進まない。
理由は、万善寺の庫裏に居座るおかみさん。
自分の母親に対して「居座る」とは失礼な言い方だが、寺の住職としてのもう1人の自分にとってはそういう表現がもっとも的確であると思っている。
そもそも今で云うところの「住職」とは、「寺の結界の内に住み暮し、ご本尊様をお守りし、参詣の信者の信心に御仏の名代として接し、仏教の発展と寺院の守備営繕に努めることを主たる目的とした生業(なりわい)職の人・・・つまり、その寺で住み暮す僧侶」のことを云い、まぁ、簡単に云うと「寺に住むことを職業とする人」だと云う訳だ。

万善寺は、禅宗の曹洞宗末寺である。今でも曹洞宗は建前として師弟関係で住職交代がくり返されていて、世襲寺院ではない。だから前住職との交代は僧侶同士の交代となるから、場合によっては僧侶の姓が変る事も当然のことになる。もっとも、今の世の中、田舎の末寺程度で出家得度の師弟関係を結ぶ縁など無いに等しいから、結局本音のところは親子で代を引き継ぐ世襲交代がほとんどなんだけどね。僧侶の妻帯が許されたのも近代になってからの事で、つい昭和の初期までは、住職の遷化がその妻より先であった場合、残された未亡人は次の代の住職にその寺を譲り、自らはその寺を出るか、または庫裏の一部屋をあてがわれて隠居して死を待つかの選択肢しかなかった。
万善寺も、憲正さんの先代までは、そうして未亡人が寺の庫裏で暮す事が許されないまま帰俗して自分の親族を頼る道しか残されていなかった。薄情な一面もあるが、それはそれでそれなりの理屈も筋も通っているような気もする。最近の禅寺に無住が多いのは、こういう世代交代の不具合で引き継ぎが上手くいかなかったせいだという話しもよく聞く。
おかみさんは私の母親でもあるから、無下に寺の庫裏から追い出すなどという事は思ってもいないが、それにしても、ほぼ半世紀のあいだ住職の妻として暮してきた訳だから、自分の立場を少しはわきまえていただきたいと思うところもある。
心優しき正純和尚は、おかみさんの毒舌と世間の冷笑に耐えながら粛々と毎日を過ごしている訳であります。

現在の住職は前住職未亡人の前で小さくなってビクビクしながら暮している。
地域の年度変わりの会合も、終わるのが夜の8時を過ぎ9時になったりすると、庫裏の玄関はすでに施錠されて閉め出される。過去にも何度か車中泊で朝をむかえた事もある。玄関先で大騒ぎをしておかみさんをたたき起こす事もできるが、その後の様々な対応で余計にグッタリ疲れてしまう事がわかっているから、最近では通夜も含めて夜の用事は全て石見銀山の吉田家を起点にして行動することにしている。

そんな通勤坊主の日々、銀山街道の道中はなかなか刺激的だ。
結界君をすっ飛ばしているとたぬきが飛出してきてすぐ前を横切った。それから少し走ると猿がガードレールに座っていた。牧草地ではカラスの大群が道を塞ぎ、その先でつがいの雉がバタバタ飛び立った。打ち止めは、軽く100kg以上はあるだろう巨大なイノシシが結界君の前を悠々と横切った。あと一歩で結界君がクラッシュするところだった。
これは全て、現実の出来事であります。

IMG_1497.jpg


[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2312-2fb644e0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-09