工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

緊張の連休 

2016/05/03
Tue. 10:16

松江市の松江城近くにある万善寺法類親寺のご住職御母堂が遷化されてから通夜、密葬、本葬告別式、初七日と続いた。
万善寺は、その親寺から一番遠くにある法類寺になる。
いつものことなら、「何せ松江の方は遠いもので・・・」などと理由をつけて時節や各種法要の随喜を不義理することも多いが、昨年の憲正さん遷化でなにかとお世話になっているところだし、さすがにこの度はそういうわけにもいかない。
それで、数回の往復を続けた。昨日など、朝出発して夜キーポンを松江でピックアップして帰宅するまで、実に走行距離が250kmにも及んだ。
それくらいの距離になると、山陰の日本海沿岸だと兵庫丹後あたりまで行けそうだし、瀬戸内では岡山を越えて備前辺りまで行けそうな気がする。
ちょうど葬儀のはじまる日にかけて、倉吉の水島や児島に置かせてもらっている吉田の彫刻周辺でライブイベントの企画が開催されていて、何事もなければ連休に一日くらいはそちら方面へ出かけてもいいかなとも思っていたが、それも計画以前で無に消えた。

とにかく、この度の葬儀は山寺のナンチャッテ坊主としては破格の規模で緊張も倍増した。
なにせ、仏事師が五仏・・つまり、5人の方丈さんが祭壇前に並ばれるという光景を見たのは、ハッキリ言ってはじめてのことだった。
引導を渡される方丈さんは、鳥取倉吉の本寺さんがいらっしゃった。
弔辞も延々と続き、島根県知事さんの代読もあった。
代表焼香は島根県議会議員をはじめ、政治家が長蛇の列。
ライオンズクラブや各種経済界の代表、それにもちろんご住職の宗門関係者をはじめとした多数の方丈さん方。
本葬随喜の方丈さんだけでも、軽く30人は越えていただろう。

聞く処によると、その寺の寺歴は私のような下々の坊主には想像を絶するほどの格式があるようだった。
開山の謂れというと、松江城の城主正妻さまのお子様に至という。
まだ幼少の嫡子を亡くされて悲観にくれた正妻様が、そのお子様の菩提を祈念して建立されたお寺であるということで、収蔵の宝物も国宝級が多数との噂もあるとかないとか・・
檀家数もケタ違いの大きな寺だから、経営も片手間程度で出きるわけではない。檀家総代衆のしっかりした著名人が名を連ねて盤石の運営がされている。
そのようなお寺様とお付き合いさせていただけるだけでも、田舎の山寺坊主としてはありがたいことである。ご住職からも、目が合うたびに気さくに声をかけていただき、恐縮きわまりない。

グッタリ疲れて帰宅してひととおり吉田家SNSを巡回したら、ノッチとなっちゃんが近況の写真を載せていた。
ノッチは台湾の一人旅でやたらとアチコチ歩き回ったらしい。
なっちゃんはダンナになるタクマ君と島根を満喫し、益々島根好きになったらしい。
・・・それに、私が松江へ行っている間にじゅん君が入れ替わりに帰省していたらしい。

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