工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

飯南高原雨模様 

2016/05/10
Tue. 19:58

飯南高原は朝からけっこう激しく雨が降っている。
万善寺の境内は、雨を吸った真土がすでに飽和状態で至る所に水たまりが出来て大変な状態だ。
おかみさんは幾つかの検査があるので通院の時間が9時になっていたから、「8時45分に出発するからね」と声をかけておいたら、すでに8時過ぎから雨に濡れた結界君のすぐ横までヨチヨチと歩いてきて出発を待っている。私はまだ顔も洗っていないし、着替えもすんでいないし、そんなに早く出かけても結局待たされる時間は一緒だからゆっくりすればいいと云う事がわかっていてノンビリしているのに、場の読めない気の早いおかみさんの行動に閉口してしまう。

レントゲンと心電図と血液検査とそれにもう一つ何かの検査があって、あとは問診や診察を待つだけになるまで、病院のアチコチを車椅子で移動した。おかみさんも前回の通院の時には杖一本で大変な思いをした事を覚えているから、今回は比較的素直に車椅子へ座ってくれた。90歳を過ぎてガンコのレベルもアップして筋金も強化されているから、ヘナチョコ息子の云うことはほとんど素直に聞いてくれない。そういうことがわかっているから、私としても他人の目を気にもしないでガンコの向こうを張ったガンコさでひたすら極悪人親不孝息子に徹している。

田舎の病院は、ほんの20~30年で隔世の感がある。
色々な検査機械も常備されて、ドクターだけでも非常勤出張を含めて5人くらいの名前が貼り出されている。私が子供の頃は、田舎の開業医が一つの町にせいぜい一人か二人程度いるだけで、それぞれが自腹で建てた設備もほとんどない病院を経営していた。それが今では個室の病室まで整った小さな総合病院と言っても良いほどの規模になって至れり尽くせりの医療になっているわけだから、後期高齢者も死ぬに死にきれないままひたすら長生きをして田舎行政の高齢化社会に貢献(??)していたりする。

そんなことを思いながら診察を待つ間、鞄にしのばせておいた読みかけの「トラちゃん」を出して読書タイムを過ごした。おかみさんも、何か気の紛れるペットが近くにいたりすると生きる張合いにもなるだろうにと思って時々水を向けるが、全くその気がない。
私が少年時代の昔はそうでもなかった。犬の初代ポチもいたし、長い間カナリヤやセキセイインコや文鳥も飼っていたし、金魚も風呂の隣の大きくて深い水槽で野生のような暮しをしていた。それに卵目当てのニワトリは私が生まれる前から飼っていたらしくて、歳をとってばぁさんになったニワトリはすき焼きの肉になっていたことをしっかり覚えている。
その頃の吉田少年の毎日の仕事はニワトリの餌づくりと本堂や庫裏の仏壇のお茶とお水のお供えだった。だいたいほとんどおかみさんが動物たちの世話をして飼っていたのだが、そういえば、おかみさんは飼っている動物たちへ餌をやりながらよく話しかけていた。今から10年ほど前に二代目のポチが死んでからは、完全にペットとの縁が切れた。

どうやら、その頃からおかみさんの長話が人間に向けられはじめたようだ。はじめは憲正さんが聞き役になり、それから近所のおばさんが聞き役になり、今は私が延々とリピートされるおかみさんの長話の聞き役になっている。

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