工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

万能 

2016/05/21
Sat. 21:06

4月に入ってから、1ヶ月に2回ほど土曜日の約2時間ほどキリスト教の私立高校へ美術の先生で通うようになった。
もう長い間学校とは縁のない暮しをしているから、高校の1時間の授業が何分なのか分からないまま隔週の土曜日になると出かけているが、たぶん、1日1回で2時間相当の授業をしたことになっているのだと思う。それで、今日はその3回目の美術の授業があった。授業といっても、世間一般の高校で通用する授業になっているようなモノでもないだろうが、とにかく、できるだけ子供たちがやりたいことをやりたいようにやらせられるよう、色々な素材や道具や工具や資料などを用意するようにしている。

今年度の美術の選択者は2人いて、2人とも男の子だからとても気楽でいい・・・といって、女の子がキライというわけではありませんよ!
一人は、彫刻を造りたいといっていて、もう一人は絵がヘタだから上手になりたいといっているので、自宅や工場のアチコチを探して、適当な材料や資料などを用意して毎回持参している。二人ともとても熱心で、聞く処によると、美術の授業のあとも夕方まで残ってコツコツ作業を続けているらしい。今日も、帰る頃になって他の授業が終わった友達がやってきて、協力しながら作業の続きに取り組んでいた。

学校サイドからいうと私はあくまでも外部の人間だから授業中は学校の先生が助手のようなかたちで一人ほど付き合ってくれている。これでコーヒーの一杯でもあったら、チョットしたカルチャーサロンのような雰囲気がある。世間話などをしながら彼等と付き合っていると、突然に身の上相談タイムになったりしてなかなか気が抜けないところもある。
「ずっと小さい頃は絵が好きだったと思うんだけど、小学校に入ってからは上手に描けなくてキライになった」とか、「何か絵を描きたいと思ったりすることはあるんだけど、すぐに色々なアイデアが浮かばないからだんだん描くのがイヤになってしまう」とか、そんな話が出た。そもそも、私自身はこの歳になるまでそういうことを思ったり考えたりしたこともないくらいバカの一つ覚えでこの世界にどっぷりと浸かっているから、彼等のような悩みというか質問というかそういうことに適切な回答をすることができない。だからといって、その場を適当に誤魔化すことも不本意だから、「上手と下手」のことで少しほど持論を語っておいた。
「上手下手」は、自分と他者の関係で認識する客観的感覚であり、「好き嫌い」は、自分が自分自身で認識する主観的感覚であるということを解っておく必要がある・・・と私は思っている。つまり、「他人が上手と認めても、自分では嫌いなこともある」し、「自分では好きでしょうがないことでも、いつまでたっても全く上手にできないこともある」ということ。結局ザックリいうと、「好きこそモノの上手なれ」という感じ。

道すがらツラツラ反省するに、せめて高校くらいまでの学校の教師たるもの、全能である必要はないが万能であることは大事だと思った。
薬でいうと、万能薬のようなもので、「ひとまず、これを飲んでおけばナンとかなって重病になることはないよ」くらいの効能があればそれで十分というか、ある意味、せめてそのくらいの効き目はあってほしいな・・という感じ。

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