工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

彫刻の旅その2 

2016/06/28
Tue. 21:55

飯南高原はどうしてこんなに寒いのだ!!
もうすぐ7月だというのに結構冷え込んでいます!
そういえば、今朝は石見銀山で寝ていたのだが、いつものようにクロのうるさく鳴きながらの朝の見回りで目覚めると、いつの間にか羽毛の布団を身体に巻き付けて寝ていた。

もうずいぶん昔のことになるけど、私がまだ小学生の頃だったと思うが、確か今のように寒い梅雨があった。
あの時は丁度台風が通過していて、まだ板戸だった雨戸が強烈にすごい音を立てて夜の間じゅうまともに眠れなかったことを覚えている。
学校へ行ったかどうかは覚えていないが、夜にはあまりに寒いので半畳の畳を外して掘りごたつの櫓をはめ込んで炭をおこして一度しまいこんでいたコタツ布団を引っ張り出した。
万善寺の田んぼもまだ作っていて、冷害がひどくて1年の米がギリギリ足りるくらいの収穫しかなくて、普通は一斗缶が軽くいっぱいになる程集まっていたお正月のお供えの米も少なくて両親は暗い顔をしていた。

今年はこれから夏にかけて猛暑になる予想だから米の心配はないと思うが、今まで暑さに慣れないでいるから、だらしなくなまりきった身体が耐えられるかどうかそれが心配だ。
先日お邪魔した熊野神社の輪くぐり神事も、6月の大祓は「夏越しの祓え」になって、まぁ、これからやってくる「暑い夏を無病息災に乗り切ろうぜ!!」的な神事で今に伝わっているわけだ。
石見銀山にもそれなりに由緒のある神社が幾つかあるが、夏と秋(冬かな?)の年に2回ほど行われることが多い輪くぐり神事も久しく廃れてしまって、せいぜい年に1回ほど何処かの神社で行われている程度のようだ。
宮司さんの力とか肝入りの度合いにもよるだろうが、結局は氏子さんの無償の奉仕による力が大きいと思う。
これを仏事的に言うと布施や身施の類と同じ意味合いになるのだろう。
芦の輪を潜るという行為に自然と人間が一体になって体現できるところがあるから、願いとか祈りに対するシンプルな神事様式として今に遺ってきたのだろうと思う。

今回の「あかりパーク」の企画も、宮司さんはじめ氏子の皆さんの理解と協力がないと実現することはなかっただろう。
ナンチャッテ坊主の巡業彫刻も少しばかりは役に立ったのかもしれないが、それ以前に、何日もかけてのびだ雑草を刈って竹のあかりをセッセと作って会場を整える作業はたくさんの協力がないと出来ることではない。
倉敷の赤盤市に工房を構える地元の陶芸家芝さんもその一人。
石見銀山から3時間ほど結界君を飛ばして駆けつけて、1時間程度で設置が終わる程度の働きが恥ずかしくなる。吉田に出来ることといえば、旨いコーヒーを飲ませてくれた青年と、陶芸家の芝さんと一緒に夜が白むまで酒を酌み交わすことくらいしかなかった。
今回の彫刻は、これから先しばらくの間、倉敷のアチコチを移動するらしい。

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