工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ともびき 

2016/06/30
Thu. 23:50

急な葬儀・・・と言っても、そもそも葬儀は普通に急なものなんだけど・・・の日程は、珍しく友引に決まった。
島根の田舎では今でも友引の葬儀を嫌うところがあるから、珍しいことだと言っていいだろう。

友引の語源というか起源というか発祥というか、その辺りは中国の六曜から来ている。
六曜というと歴とか易の流れにあると何処かで聞いた気がする。
私の場合は、坊主という立場でそのことを聞いた時、友引の通念が長い歴史の中で結構都合よく解釈されて民間に根付いて今に伝わってきたのだということがよくわかった。

万善寺の先代住職憲正さんはこの友引を極端に嫌っていて、私が覚えている限り友引葬儀を行ったことはなかったと思う。
その憲正さんから代替わりして住職交代をした頃は、すでにこの友引のいわれが単なる民衆信仰の伝承だということがわかっていたので、私の方から強いて友引を避けるようなことは考えないでいた。
それでも地域の慶弔ごとで仕切られる葬儀となると、施主さんの意向や坊主の都合で日程が決まるということはほとんどなくて、やはり地域の主だった皆さんが集合して日程次第の相談が始まって、その延長に友引の取り扱いが決まることがほとんどだったし、多分これからも当分の間そういうしきたりは残っていくだろう。

このたびの施主さんの友引葬儀の決断は、地域にとってかなり思い切った改革的決定になったはずだ。
地域みんなで葬儀の手伝いをする慣わしでは、お手伝いの皆さんそれぞれが、自分の仕事と相談して無償の奉仕をしているわけだから、やっぱり、個人的な心のわだかまりとか、地域のみんなで取り掛かるお手伝いの過不足や気持ちの温度差も出てくるだろう。
坊主のというか菩提寺の方へ不安や不満のはけ口が向いてくれるのは一向に構わないが、施主さんの方へ友引葬儀の不満が偏ってしまうことが少し心配だ。
自治会の代表さんがこの度の葬儀の世話人役になられたようだ。その世話人さんは、図らずも私の同級生。どちらかといえばお互いに遠慮のいらない方だから、こういう心配もさりげなく過ぎてしまう気もして、それに密かに期待しているところもある。

夕方になって、その世話人さんはじめ主だった役割の具体的問い合わせが何回かあった。
私の方は、しばらく仏事から遠ざかっていたから伸びた坊主頭も刈り込まなければいけない。
こういう時に二重生活の難しさを感じながら結界君を飛ばして石見銀山へ一時帰宅した。
これから引導の香語や塔婆の裏書も何にするか決めるのだか、場の読めないおかみさんの介入がないだけでも落ち着いて集中できる。
それに、この度は仏教と友引の関係について少しお話をしておこうと思う。
通説の間違いを正すことも大事な仏教教示の一つだと思う。
明日は早めに石見銀山を出発して、万善寺の三畳で墨をする。

IMG_2526.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2380-82276a13
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-06