工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

彫刻的表現って? 

2016/08/04
Thu. 19:40

棚経2日目が終わった。
檀家6軒、檀家外1軒が、憲正さんの代より脈々と続く本日の棚経日程になっている。
昨年に内1軒が松江へ転出したので、手紙でお知らせは送っておいたが、やはり帰省されないで留守のままだった。もう1軒は10年近く前にその家のおばあさんが亡くなって、その後、娘が嫁いだ先のご主人がお盆の間だけ家を開けてお仏壇を掃除して、私の棚経を迎えてくださっている。もう1軒は、檀家外の家なのだが、昔、その家と関係のあるおばあさん宅が万善寺の檀家さんで、おばあさんが亡くなって家が絶えた後、その家のお位牌をいまだに預かってお守りしていらっしゃるお宅なのだが、ついに、その家のお年寄りも高齢者施設へ入所されて留守宅となってしまった。
まぁ、島根県の山奥の田舎はこんな様子で、お檀家さんあってなんぼのもんの山寺の住職も、地域の高齢化や離散の波に揉まれて溺れそうになっているところです。

それぞれのお仏壇へお参りするのも年に1回のことだが、だいたいその家が毎日どのようにお仏壇と付き合っているかが想像できる。法事でおじゃまする時は、さすがにどの家のお仏壇も綺麗に掃除してそれなりにお供え物もあるし生花も活けられているし、一通りの身だしなみは整っているが、棚経の時までは手が回らなくて荒れ放題のお宅も多々ある。
最近は特に汚れた仏壇が目につくようになった。お経を読みながら、お位牌や花生けや燭台香炉などの仏具を整頓したりしてひとまずは体裁を整えてあげたりもするが、また1年もすると元の荒れた状態に戻っていたりする。現代の日本人の信心はだいたいそんなもんなんだろうともザックリ思ってしまう。

島根県益田在住の作家松田さんは、数年前から現代彫刻小品展に彫刻を出品してくれるようになった。作家歴はまだ若いほうだからこれから彼の彫刻がどういう方向へ向かうのか先の読めないところもあるが、彼が大学で師事していた先生をよく知っていたので、なんとなく彼の将来が見えるような気がしないでもない。
「現代アート」なる呼び名をよく見聞きするが、私は何が何をもって「現代アート」なるものなのか、どうも今ひとつ真意をつかみにくいところがあって上手く理解できないでいる。デュシャンとかボイスとかそのあたりに何かしらの起源というか関係があるのかもしれないが、彼らの作品が彫刻的であるかというとそうでもないし、現代アートというか現代美術というか、私のとろけた脳みそでは判断できない奥深さがあるのだろう。
松田さんの作品は、そういうあたりから発信された現代アートであると私は解釈している。本人はどういうコンセプトでこのような一連の作品を制作し続けているのか知らないが、ひとまず、一本の木からアレコレの道具を駆使して自分の目指すカタチを掘り出して組み立てて造られているから「彫刻」といえばそうなのだろう。ところが、世間の主だった彫刻作家は、正に誰がどう見ても彫刻以外の何物でもない彫刻的技法を駆使して表現していて、そういう方向性にどっぷりと漬かった彫刻家たちの指向性から見ると松田さんの彫刻的表現がどの程度肯定的に受け入れられるのか微妙なところもある気がする。
とにかく、彼には彼なりの目指すべき造形表現を持っていると思うから、それがどんどん伸びていけばそれでいい。
現代彫刻小品展がその支えになっていると思ってもらえればそれで十分だ。

IMG_2958.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/2415-d96d98e9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2017-07