工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

日々好 

2016/08/07
Sun. 19:21

坊主の外交から帰ってひと休みしていたらおかみさんがうるさく付きまとってきたので、つなぎに着替えて草刈りにでかけた。1時間半くらいしか出来なかったが、それでも何もしないよりはマシだ。何時もより幾分暑かったのか、それとも出先でガブガブお茶を飲みすぎたのか、つなぎの上半身が汗でビショビショになっていた。この近年、万善寺の周辺は空き家がどんどん増えて、農地がしだいに荒れて境内に迫ってくる。

人付き合いはホントに難しくて面倒臭いといつも思う。かと言って、独りで孤独に生きることなど出来ないから、何処かしらお互い様で見て見ぬふりをしたり、それが無理だったら助けあったり、それが無理だったら、謙虚に礼を尽くす。
自分が坊主でなかったら、何処かの血管や神経がプツンと切れてとっくに犯罪者になっているか、昇天しているか、そのようなところだ。さて、坊主で良かったのかどうか、判断に苦しむところであるが、それなりに一般人よりは坊主の格言や名言に救われて自制心が鍛えられていなくもない。

世間は広いのか狭いのか分からないところがある。
この超個人的なブログを読んでいるのか見ているのか、とにかくそういう人が現れて、「理屈っぽいところもあるけど、時々見てるよ。よく続くね」と云われた。別の或る日に或る所でなんとなくチラチラ私への視線を感じていたら「ブログ見てますよ」と、目があった年齢不詳のオジサンに小声で云われたこともある。
その時々の自分と自分の周辺のグレーな事情を限りなく透明に近い状態で垂れ流しているだけのことだから、ダレにナニを云われても、それで特にビクつくこともないが、ワイフが見ていないということくらいは分かっているので、それでかなり気楽にいられることだけは確かだ。

たとえば、こうして草刈りが終わってシャワーを浴びようとしたら母親にイジられて機会を逸した時とか、寝る前のボォ〜っとしたひと時とか、寝起きの覚醒までの間とか、コーヒーをすすっている時とか、まぁ、そういうヒマが出来た時にチビチビとテキストアプリに書き溜めたアレコレをまとめて整理してウエブアップしているだけのことだ。

本多氏の具象彫刻は、私の好きな彫刻の一つだ。
造形の力量がどぉ〜のこぉ〜のと云う以前に、彫刻に優しさがある。
重たいテーマを引きずっているわけでもなく、オシャレで色っぽいわけでもなく、技巧に溺れるわけでもなく、強烈な押し出しがあるわけでもなく、何処かしら自然で目に優しい彫刻だと、私は思う。こういうタイプの彫刻は、長く観ていて飽きないし、その時々の自分の精神の振り幅にさりげなく絡んでくる。要するに、結局は鑑賞者の一人として普通にこういう彫刻が好きだということ。
ただ、欲を言えば、「日々好、年々好」の域まで昇華した具象彫刻になるともっと良いと思う。
私は、自分のことを基本的に個人の嗜好で彫刻に付き合ったり造ったりするタイプの人だと思っている。だから、世間とか評論家とか芸術家とかそういう人たちが絶賛する彫刻でも、つまらないと思えば、全く良いともなんとも感じない。

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