工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ありがたやお供え物 

2016/08/14
Sun. 21:17

本日で棚経80軒終了しました!・・・といっても、その中で留守があったり代替わりでお断りがあったりして、実質70軒くらいに減ってますが・・・とにかく、明日で棚経最後のピークを迎えて100軒くらいまではいくことになるでしょう。
私が一人でおつとめするには、このくらいの軒数が妥当かなと思いつつ、さすがにこの3日間は疲れもピークで絶不調であります。
棚経中に3回ほど脂汗と冷や汗が続いて動悸も激しくなって、「これでオレもお陀仏かも知れない・・・」とホントに観念したが、それでもなんとか持ち直して万善寺へ帰ることが出来た。血圧を測ったらいつになく上も下も高くて、その上脈拍も何時もの倍ほどあって、我ながら少々焦った。たぶん、いわゆる熱中症というやつに近い症状だったと思う。

短時間本堂の窓際で横になっていたら、ワイフがじゅん君をつれて万善寺を訪ねてくれた。
彼女の前ではこの絶不調の状態を見せたくないので、彼女たちが車のあたりでもたもたしている間に、急いで墨を擦って塔婆を書いた。
じゅん君は、完全にオヤジを無視で会話もゼロだった。彼なりに、オヤジには色々思うところもあるのだろう。
棚経の行く先々でじゅん君のことをよく聞かれる。憲正さんが元気な時は、私と棚経を手分けしていたから、じゅん君は憲正さんにくっついてアチコチのお檀家さんを訪問している。大きくなってからもしばらくのあいだお小遣い稼ぎに私と手分けしてお務めをしていたこともあったが、高校へ進学してからあとは自然消滅して今に至っている。
こうして過去のひと頃を思い出すと、憲正さんは私が手伝うようになってから後は結構楽にお盆を過ごしていたことがよくわかる。今でこそ100軒程度の棚経で済んでいるが、憲正さんの頃は200軒位は戸別訪問でお経を読んでいた。一人でそれだけの軒数を回ろうと思ったら至難の業だ。お盆の一仕事が終わって機嫌のいい時は、晩酌をしながら昔々の若いころの苦労話をよく聞かされた。憲正さんも若い時があって、元気いっぱいに喜々として棚経を務めていた時代があったわけだ。

棚経につきものなのは、お供え物を託けられること。中でも、飯南高原産のピオーネやメロンが多い。日持ちのするものは須弥壇や位牌堂でお供え物にできるが、日持ちのしないナマモノはなかなか手強いお供え物になる。
昔々、おかみさんもまだしっかりと頭が回転していた頃は、隣近所の子供達へ上手に配分されるようにおすそ分けなどして粗末にならないように工夫していたが、何時の頃からかそれも無くなってやたらとけち臭くもったいながるようになった。結局は、本堂で半分以上腐って匂い立つような状態になってからお下がりをいただくことが増えてきて、お盆の時期は私にも「食べろ」と無理強いが激しくなる。そういうことが毎年のように続くと、それだけでメロンやぶどうが嫌いになってしまう。贅沢な食生活になって、結局夏太りメタボ街道まっしぐらになってしまう。
先日来、母親がぶどうを食べろとやたらにシツコイ。ついに、冷蔵庫から取り出してヨチヨチと私のところまで持参するまでになる。
どうしようもないから夕食後のデザートということでありがたくいただくことにした。
酸っぱくなる直前でかろうじて瑞々しい甘さが残っていた。

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