工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

日々好 

2016/08/17
Wed. 22:47

毎年恒例のお薬師さん供養法要から先ほど帰宅。
お盆の時期は夜の法要があったりして万善寺もそれなりに慌ただしい毎日を過ごしている。
18日の万善寺では、施食会と大般若経転読会と観音供養塔婆回向の3つを一気に終わらせてしまう。
そのために、休む間もなく直前まで草刈りをしたり塔婆を書いたりしたが、結局いまだにたくさんの積み残しを抱えている。
それに、お参りのお檀家さんに配る粗品がまだ出来ていない。
たぶん、今夜は徹夜になるだろう・・・と覚悟して、何か面白いドラマでも無いかなと古いデスクトップをつついている。
どんなに焦っても慌てても、それで一気に用事が片付くわけでもないから、こういう時は気持ちを落ち着けてじっくりと構えることにしている。結局は、それなりの時間があればいずれはすべて終了する時が来るのだから、それで良いことだ。

今夜の月はやたらと綺麗だった。
写真でも撮ろうかと思ったが、蚊に刺されるのも嫌だからやめた。
昨日、久しぶりに降った雨のせいなのか、空が秋のように高い。
あれほど毎日が暑かったのに、一気に過ごしやすくなった。

粗品の瓶には「日々好」とリューターで刻むことにした。
「日々是好日」と意味は同じようなものだ。
この、「日々是好日」なる禅語は、中国の禅僧の言葉として超有名だ。
万善寺の前の間の鴨居にも古ぼけた額が掛けてある。ものごころついた時から毎日のようにその額を見て過ごした。意味がだいたい理解できてきたのはワイフと結婚して長男も生まれて長女も生まれた頃だったろうか。
意味といっても、その禅語の裏に隠されている意味のことで、その境地に至るまでにはなかなか厳しいものがある。今では、だいたいに何か躓いたりした時は「そうだよなぁ〜」と思うようにしているが、なかなか境地を極めるまでには至らない。
「日々好」の方は、その前に「年々好」がくる、これも禅語。
それを書いた軸が床の間にぶら下がっていた。何処だったか全く思い出せないでいるが、とにかく、たぶん、どうせ、どこかの寺だったのだろうと思う。意味は似たようなものだろうし、文字がシンプルで覚えやすかったのだろう、時々ふとした時にそのフレーズが頭を巡る。
それで、今夜の月だ。薬師堂へ行くまで結界君を運転しながら見た月だ。
お経が終わって、7枚ほど塔婆回向もして、おさがりのお団子などいただきながら、お参りの皆さんの世間話を聞いていたのだが、終始、今年の夏の暑さの話題が絶えなかった。イナゴが大量発生しているそうだ。蜂がいつになく少ないそうだ。盆トンボが早くから飛んでいたそうだ。そして、雨が降らなくて、暑さが激しすぎて困ったそうだ。
やはり、現実は厳しい。禅僧の名言も地球の現実が相手だと、素直に「なるほどもっとも!」とうなづけないところもある。「日々好」も、結局「机上の理論」のようなものなのかなぁ・・・過酷な現実に向き合って耐えてるお百姓さんの強さを感じた。

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